パクリ・起源捏造

1: 蚯蚓φ ★ 2016/06/07(火) 00:38:04.25 _USER
壬辰年に倭国の怪獣たちが荒れ狂った時、嶺南(ヨンナム)地域の孤城が幾重にも包囲され、すぐにも陥落する危機に瀕しました。この時、城主と非常に親しい人の中に、普段とても風変わりな技術を持った人がいました。彼が飛車を作って乗り、城内から飛んで友を乗せ城外30里を飛行後、着陸して外敵の刃を避けました。-「飛車辨證說」より
1903年12月17日米国ノースカロライナのある浜辺で飛行機一台が飛びあがった。それは世界初の飛行機、ライト兄弟が作ったフライヤー号だった。しかし、それより300年も先んじた1592年に朝鮮の空を自由に飛んだ飛行機がある。それが飛車だ。

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この年に日本が朝鮮を侵攻して勃発した壬辰倭乱(文祿の役)の激戦地になった一次、二次晋州城(チンジュソン)戦闘で朝鮮の下級軍官である鄭平九(チョン・ピョング)が開発して人と物資を輸送し大活躍したと伝えられる。朝鮮末期の実学者、李圭景(イ・ギュギョン)は『五洲衍文長箋散稿』の「飛車辨證說」にこの驚くべき飛行装置に関する記録を残した。

航空科学者イ・ポンソプは「朝鮮の飛行機、再び空を飛ぶ」で永く伝説の中に埋まっていた飛車の実体を私たちの歴史と技術の中から一つ一つ明らかにした。韓国とロシアで航空工学を研究した著者は飛車の存在を記録した代表的な朝鮮時代の文献「飛車弁証説」を糸口にして韓国の伝統科学技術と先端航空工学の成果を融合し、歴史的に実存可能な飛行手段として飛車の可能性を証明した。(中略:伝承の経緯)

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1: ねこ名無し ★ 2016/06/06(月) 03:35:41.14 _USER
6000年前の文化、起源をめぐって争う韓中

古代史の真実を求めて
遼河文明と紅山文化
中国「黄帝が主役、中華文明の起源」、神話を基に説明するのは無理

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遼河文明とは、中国の遼河一帯で成立・発展した古代文化のことを指す。「遼河文明が中原よりも先に文明の段階に至った」と主張する研究者が、中国の学界には少なくない。こうした主張が可能になった背景には、紅山文化がある。

 紅山文化とは、紀元前4500年ごろからおよそ1500年にわたり、内モンゴル東部と遼寧省西部のシラ・ムレンおよび大凌河・小凌河流域を中心に発達した後期新石器文化の一つだ。「之」の字型の線文を刻んだ円筒形土器や幾何学文様の彩陶、そして主に野生動物をモチーフにしたさまざまな形態の玉器が、同文化の標識となる遺物だ。紅山文化の成立を代表するのが、遼寧省西部に位置する牛河梁遺跡。ここには「女神廟(びょう)」と呼ばれる神殿を中心に、およそ50万平方メートルにわたって積石塚が散在している。女神廟は半地下式の木造建築物で、内部からは、土で作られた人物・野生動物の塑像の破片が出土した。人物は女性で、頭部1点は比較的良好に保存されていた。

 紅山文化が文明の段階に到達したという主張は、その主人公として「黄帝族」に目を付けている。今から5000年前に文明段階に至ったとするなら、中国初の文明だ。それが「国祖」とあがめられる黄帝のものなら、物語は一層整った構造を備えることになる。紅山文化を通して、中国文明の発祥地を黄河流域から遼河流域に変更しようとする狙いがある。だが積石塚がいかに印象的でも、紅山文化に、文明の基準となる「国家」や「安定的階層構造」の痕跡を見いだすことはできない。

 にもかかわらずこうした主張をする裏には、漢民族はもちろん、少数民族まで一つの共同体としてまとめて「中華民族」としてのアイデンティティーを付与しようとする計算が隠れている。中華文明は複数の起源を持っており、その複数の文明が互いに交流して一つに融合したという、いわゆる「多元一体論」が核心にある。紅山文化がまず文明に達したが、それは中原の仰韶文化と接触したことで可能になった-という解釈も出てきている。仰韶文化で発達した彩陶が紅山文化にも見られることが、証拠として提示されている。しかし、隣接文化間相互の影響は、必ずしも融合を担保するものではない。

 紅山文化が黄帝のものであることを立証するため、女神廟から出土した野生動物の塑像の中にクマがいると主張している。紅山文化の代表的な玉器たる「獣形ケツ飾(ケツは玉偏に夬)」で飾られた野生動物がクマだともいう。クマを強調する理由は、黄帝の国が「有熊氏」だという伝承が『史記』にあるからだ。だが、仮にそうだとしても、女神廟の野生動物がクマなのかそうでないのか、立証できるすべはない。玉器で飾られた野生動物も、当初はイノシシだといわれていた。

 黄帝は神話上の人物であって、戦国時代になって歴史的な人物に変わった。黄帝の歴史的性質を強調するため、黄帝が炎帝・蚩尤と戦ったという阪泉・タク鹿が河北省張家口市にあることを強調する。ここは、紅山文化と仰韶文化が交差分布する地域だ。黄帝がここで南方を代表する炎帝・蚩尤と戦ったとする伝承が、事実であることを立証しているかのようだ。しかし黄帝の墓は陝西省延安にあり、都邑(とゆう)は現在の河南省新鄭市にあったという。神話の空間は、実在の空間ではない。

 クマを強調している点は、「紅山文化が古朝鮮のもの」という主張を展開している韓国人にとっても魅力的だ。檀君神話の熊女を連想させるのだ。しかし、古朝鮮の実体が確認されるのは紀元前1000年ごろのことで、その領域を遼西・遼東まで含む広い地域に余裕を持って設定しても、この時空間の範囲に紅山文化との継承関係を立証し得る遺跡・遺物を見いだすことはできない。従って、紅山文化が古朝鮮とつながるものだとする主張も、成立は困難だ。 (キム・ジョンヨル崇実大学史学科教授)

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/06/03/2016060301768.html

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1: LingLing ★ 2016/06/04(土) 23:19:56.42 _USER
■「真剣に茶道体験」
6月4日 ニュース1

 (ソウル=ニュース1) ク・ユンソン記者=端午を5日後に控えた4日午後、ソウル鍾路区北村文化センターで開かれた家族皆で参加する端午迎え伝統文化体験行事で子供たちが茶道体験をしている。

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http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=421&aid=0002093656


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韓屋で学ぶ「茶道」
6月4日 ニューシス
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http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=003&aid=0007271009

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1: LingLing ★ 2016/06/04(土) 20:51:38.13 _USER
■「韓国伝統扇子最高」

(ソウル=ニュース1) ク・ユンソン記者=端午を五日に控えた4日午後、ソウル鍾路区北村文化センターで開催された家族で参加する端午前の伝統文化体験行事で、外国人観光客が伝統扇子の前で写真を撮っている。

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http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=421&aid=0002093652


元スレ:・【文化】 「韓国の伝統扇子最高」 写真を撮る外国人観光客[06/04]

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5088943i1: 蚯蚓φ ★ 2016/05/28(土) 17:58:20.85 _USER
「ソン教授のおもしろい韓国語の話」は2011年から2012年まで本誌ホームページを通じてネチズン読者にサービスされました。なにげなく使う韓国語の由来や意味をソン・ペクホン忠南大国文学科名誉教授が出版した同名の本の内容を中心に掲載しました。おもしろくて有益な内容で読者に愛された思い出のコーナーを復活させるためにシーズン2を始めます。読者のみな様の変わりない声援と関心をお願いします。<編集者注>

タンムジ(たくあん)はタン(甘い)ム(大根)を漬けた日本式塩漬けを称し「ウェムチャンジ(倭大根塩漬け)」とも言う。従ってたくあんは日本から渡ってきた漬け物であることが分かる。(中略:作り方の説明)

たくあんの日本式名称は本来「タクアン(沢庵)」だったが、解放後、日本式言語の整備の時「ウェチャンジ(倭塩漬け)、「タンムジ」等に変えて使い、徐々にタンムジに定着した。しかし、まだ一部ではこの名前を日本語と知らずに「タクアン」を使っている。

ところがこの「タクアン」が韓国の僧侶と関連があることを知っている人はまれだ。高句麗の時、テガム(テックアム)という学識が高い僧侶がいた。テガム僧侶は日本に渡って全国津々浦々を歩き回って広く布教する一方、当時の未開な日本人たちに様々な韓国の文物を伝えた。


彼が九州地方に行った時、そこの人々はその地方で生産される細くて長い大根をそのまま生で食べるばかりで保存方法を知らなかった。彼は長い冬を過ごすうちに日本の地方の風土ではダイコンやハクサイなどの野菜が我が国のように発酵しない事実を悟り、まず収穫した大根をややしおれるまで風で乾かし塩漬けにした後、木桶の中にぬかに漬けて重い石で押してしばらくたった後、取り出しておかずとして食べるようにした。

そうして作った大根の味が日本人たちの食欲にぴったりあった。これが今、食べている「タクアン」の元祖だ。彼は自身が開発したこのたくあんを作る方法を日本全国を回って伝えた。このため、彼らは感謝の気持ちをこめて、その僧侶の法号であるテガム(沢庵)を食べ物の名前に使った。そのテガムの漢字、沢庵を日本式に発音したものがすなわち「タクアン」だ。


従って「タクアン」は高句麗僧「テガム」に由来したことを私たちは知る。その後、日本人たちはこの漬ける方法を応用して大根だけでなくキュウリや各種野菜を漬けて食べるようになった。このように漬ける食べ物を日本人たちは「ツケモノ・漬物」と言いこの「ツケモノ」は私たちのキムチのように日本を代表する副食になった。(後略)

ソン・ペクホン忠南大国文学科名誉教授

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1: LingLing ★ 2016/05/23(月) 09:45:35.96 _USER
[インタビュー]チョ・ファミ茶文化協会日本京都支部長
「初の海外支部参加胸がいっぱい…韓国茶道知らせること」

「韓国にも固有の茶文化が厳然と存在するという事実を日本全域に知らせていきます!」

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韓国茶文化協会の唯一の海外支部である京都支部のチョ・ファミ(63・写真)支部長は、「多くの日本人は日本の茶道が最高だと思っています。韓国には固有の茶文化がないと考えていて、甚だしくは日本が韓国に茶文化を伝播したのだと誤って知ってる人がほとんど」とし、「今後これを正して、日本で韓国茶の優秀性を知らせるために努力する」と話した。

韓国人3世のチョ・ファミ韓国茶文化協会京都支部長は10年以上の間、韓国の茶文化を勉強してきたが、「閨房茶礼」に接し魅力にはまって、1年の間に韓国と日本を自費で行き来しながら、理論と実技を身につけて最近1級専門師範資格証を取得した。

3月には京都にある12人の会員たちが力を合わせて韓国茶文化協会の京都支部を置き、デパートのカルチャーセンターなどで閨房茶礼を教えている。

今大会は、彼女には韓国茶人たちの最大の宴に京都支部の名前を連ねて初めて参加したという意味もある。

彼女は最近、日本の製菓業界で茶を活用したお菓子とチョコレート、クッキーなどのブームが起っているので、こうしたものなどを紹介した。

彼女は「これまで大宴会を見物してきたので、支部代表として直接参加してみて胸がいっぱいだ。」とし、「チェ・ソヨン理事長をはじめ韓国茶文化協会、多くの会員の方の努力があったからこそ実現した。」と話した。

京仁日報
http://www.kyeongin.com/main/view.php?key=20160522010007810


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4968578i1: LingLing ★ 2016/05/18(水) 10:39:06.53 _USER
【寄稿】エミール・タケ神父の王桜の木々
[チョン・ホンギュ神父・大邱(テグ)カトリック大社会的経済大学院長]

最近、植物学界は、王桜が日本に由来したのではなく、済州自生の早生桜(※1)、桜(※2)、山桜(※3)複合体の交雑で発生した種という事実を、遺伝子分析を通じて初めて証明した。王桜は日本産ではなく、韓国産という事実が自明になった。[※1=エドヒガン」のこと。※2=「ヤマザクラ」のこと。※3=「オオヤマザクラ」のこと。]

関連論文
http://www.amjbot.org/content/101/11/1976.full

それなら、100年以上前に済州にある王桜の自生地を最初に確認した人は誰だろうか?1908年4月15日、済州道漢拏山北側にある観音寺の裏山、標高約600m地点の漢拏山自生の王桜を最初に採取した人は、驚くべきことにフランス人宣教師エミール・タケ(1873~1952)神父だ。(中略...)他に私たちが注目すべき事実はエミール・タケ神父は釜山(プサン)、馬山(マサン)、西帰浦(ソギポ)、木浦(モクポ)、大邱(テグ)など我が国南部地域を巡り行きながら宣教司牧をしており、自身の宣教教区がある地域に済州島の特産物である王桜を植えたのだ。大邱(テグ)の場合、南山洞一帯に植えた。

エミール・タケ神父は、大邱南山洞ユスティーノ神学大で30年務め、日帝強占期と6・25戦争を身をもって経験した。そうしながらも黙々と自分が担当した宣教司祭の道を歩んでおり、植物学者の道を歩むことも怠らなかった。先に司牧した済州島から持ってきた王桜三本を植えたこともここに含まれる。

この木々は最近、遺伝子分析を経て王桜の自生地をめぐり韓国と日本の間で展開されてきた論議に新たな転機を与えてくれた。エミール・タケ神父はこうなると分かっていたのだろうか。彼の深い意味が、遅ればせながら実現されたのではないか。

私たちは少なくとも三つのことを無視してはいけない。エミール・タケ神父の墓が、私たちが住んでいる大邱にあるという事実だ。また、彼が、王桜三本を植えたという事実だ。最後に済州島にある王桜の基準木(観察など研究の基準になる木)では毎年桜が咲いており、済州市奉蓋里と西帰浦市新礼里にある天然記念物の王桜と大邱南山洞の王桜は遺伝学的にみると、かなり近い血族という事実だ。

最近、王桜の世界化に対する関心が高い。
先月4日、大邱(テグ)ではエミール・タケ神父の植物の研究および司牧の業績を称えて王桜統合生態論について考察するカンファレンスが開かれており、先月8日、済州島では「王桜世界化、どうするべきか」というテーマでシンポジウムが開かれた。植物学界と宗教界が一緒に関心を示した。エミール・タケ神父の人生がまさにそうであったからだ。

植物学者と司牧者のロールモデルとすることができる姿を共に備えたフランス出身のエミール・タケ神父の生活の跡が韓国、特に大邱(テグ)に今残っている。 ちょうど、大邱市とフランスは韓仏国交正常化130周年を迎え、経済・文化・観光などの分野で友好の増進および交流活性化のために協力し合うことにした。

先月11日、大邱(テグ)市、フランス大使館、韓仏商工会議所がそのような内容の了解覚書(MOU)を締結した。韓国の地方自治体と在韓フランス大使館間のMOU締結は異例のことだ。エミール・タケ神父はこのMOUをより活発に行うことができる媒介になることができる。彼と王桜を素材にしたエコツーリズムと文化交流だ。

王桜をパリ自然史博物館に記念植樹するというのはどうだろう?その他にも意味のあるストーリーを考えてみることができる。例えば、エミール・タケ神父と王桜の話を映画として製作し、フランスのカンヌ映画祭に出品したら?


世界を注目させるストーリービジネスとなることができる。私たちがいつも悩んでいる在来種の世界化だ。

ソース 毎日新聞(韓国語) ※日本の毎日新聞ではありません
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=088&aid=0000443891


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4968578i1: 世界はみんな@ばかばっか ★ 2016/05/15(日) 08:42:35.63 _USER
【寄稿】韓国庭園が持つ独特の美を世界にアピールしよう
2016/5/16

春になると、多くの人が外へ出かける。由緒ある古宮や史跡に足を向ける人も少なくない。忙しい現代人たちに、庭園はひとときの安らぎを与えてくれる。とりわけ古宮や史跡の庭園は歴史を感じさせてくれる。

だが、残念なことがある。韓国の伝統庭園が植物ばかりなことだ。庭園の中心となるハス池、石を積み上げて作った築山など、伝統的な庭園に欠かせない構造物が絶対的に少ないのだ。韓国の昔の文献や絵画によると、庭園を作るときにはまずハス池を掘り、その周りに築山を作り、あずま屋、橋、石垣などを配置し、植物を植えた。その代表的な庭園が、南部の慶尚南道咸安郡にある「舞沂蓮塘」だ。

戊申の乱(1728年)で義兵を挙げた周宰成(チュ・ジェソン)の生家の離れに作られた庭園だ。舞沂蓮塘を描いた絵画を見ると、四角いハス池の中に四角い島が描かれているなど、いくつかの特徴がある。南西部の全羅南道潭陽郡にある瀟灑園は、朝鮮王朝時代の学者の梁山甫(ヤン・サンボ)が師匠である趙光祖(チョ・グァンジョ)の死を期に作った別荘庭園だ。

高敬命(コ・ギョンミョン)による無等山(光州市)の紀行文『遊瑞石録』は、当時の瀟灑園について詳しく描写している。「渓流が家の東側から塀を通って流れ込み」「小ぶりな一本橋」「小さな滝の西側に小さな家1棟の光風閣」「その南側には石を何層にも高く積み上げて作った築山」「小さなあずま屋」「軒のすぐ横にアオギリ」「溝を彫った丸太で作った飛溝で渓流を引き込み」「ハス池の西側には太い竹林」などの表現が見られる。

韓国、中国、日本の北東アジア3カ国は同じ文化圏に属している。中国と日本は自国の伝統庭園を国の誇りとして世界にアピールし、安らぎを求める国内外の観光客のニーズを満たしている。韓国は中国や日本の庭園に劣らない優美で独特な庭園があったにもかかわらず、現存する庭園、復元された庭園はいずれも植物が主体で訴求力が低い。


中国、日本と差別化した韓国の庭園は、観光の大きな目玉になり得る。今からでも、庭園の韓国らしさ、美しさを世界にアピールしていこう。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/05/13/2016051301931.html

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s-3274902_qHl1: 蚯蚓φ ★ 2016/05/06(金) 22:05:58.07 _USER
タイ、バンコクにある大型マート陳列台の中央には韓国イチゴがいっぱいでした。250グラムで245バーツ、私たちのお金で8千ウォン程度と高い方なのに、タイ人たちの食欲をひきつけました。

<インタビュー> ジャーン・ヤ(バンコク市民):「他の国のイチゴに比べて韓国イチゴは食感がやわらかくて良いです。」

<インタビュー> ラリタ(バンコク市民):「本当においしいです。甘酸っぱい味が最高です。」

昨年、私たちのイチゴの海外輸出額は390億ウォン。農産物輸出1、2位のパプリカと梨は海外品種を育てて輸出しましたが、イチゴは堂々と国産品種を輸出しました。
2002年、初めての国産品種が開発された後、今は「雪香(ソルヒャン)」等、国産品種栽培率が90%を越えました。

<インタビュー> パク・ホンヒ(慶北(キョンブク)尚州(サンジュ)イチゴ栽培農家):「雪香のような国産品種は生産量も多く早く収穫できて遅くまで収穫が可能で、病虫害に強くて...」

国産イチゴ品種の成功はりんごや梨など他の果物の国産品種多様化につながっています。


<インタビュー> キム・ウソプ(中央果樹苗木管理センター課長):「世界的に競争で勝とうとするなら、自分だけの品種、私たちの地域に合う郷土的な品種をずっと開発して...」

日本品種のアオリりんご(訳注:おそらく青森りんごで、モが抜けたと考えられる)に代わる国産品種「サマーキング」と、やはり日本品種の新高梨に対抗する国産品種「シンファ」の普及が速度をあげています。


KBSニュース、イ・ジェヒです。

ソース:KBSニュース(韓国語) 「韓国イチゴ最高」…国産品種‘成功’
http://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=3274902


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dsada1: LingLing ★ 2016/05/04(水) 00:37:08.81 _USER
■「オソルロク」韓国が作ったプレミアム茶 

<アモーレパシフィック、伝統茶文化復興につながる>

『韓国には茶というものがない。 麦茶やスンニュン(※釜の底に残ったおこげに水を加えて温めたお茶代わりの湯)
が全てです。かつてはそうじゃなかったんですがね。日本の茶文化は、事実、韓国から渡ったものなのに、彼らはそれを整えて作って世界に自慢しています。実際、このような文化事業は大企業が先頭すべきと考えているが、採算が合わないので手をつけないのです。だから、せめて私が緑茶を私たち固有の茶にまた育て上げたいです。』

アモーレパシフィック創業者の故ソ・ソンファン会長が緑茶事業に参入する当時、言った言葉だ。

ソ会長は韓国固有の伝統茶文化を復興するため、1979年、済州漢拏山南西側トスン地域の荒れ地を緑茶畑として開墾し始めた。

ソ会長の信念で済州と初めて縁を結んだアモーレパシフィックは、1980~1990年代に入って曙光・トスン・漢南に至る330万5000平方メートル(100万坪)規模の「オソルロク、有機農茶畑」を築き上げた。

済州オソルロク茶畑は中国黄山、日本富士山と共に世界3代緑茶産地に数えられる茶の栽培地に生まれかわった。

清浄済州の直営茶畑から100%有機栽培のもので生産した緑茶ブランド「オソルロク」は茶愛好家をはじめ、消費者たちに愛され続けている。

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1: LingLing ★ 2016/05/02(月) 22:43:12.35 _USER
[青春、世界に行く]「合氣道は文化コンテンツ」…武術人イ・カンジョンさん (YTNテレビ、動画あり)

[アンカー] ここ数年の間、フランスで韓国の合氣道が大きな人気を呼び始めたんですが、その理由は合氣道を武術というより韓国的精神修養の方法として紹介したある同胞の努力によるものだと言います。

武術である合氣道を文化コンテンツにして成功をしたフランスの合氣道の代父、イ・カンジョン師範をカン・ハナがリポーターが会ってみました。

[記者] フランスのあるケーブルチャンネルが制作した人気芸能番組、コメディアンやスポーツスターにチャギ(※蹴り?)やコッキ(※倒し?)の技術を披露する小さな体の東洋人が人目を引く。※詳しくは動画を参照

これがフランスの合氣道の父と呼ばれるイカンジョン氏だ。

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イ・カンジョン氏のすべての合氣道の授業はフランス国旗に対する敬礼で始まっている。

しかし、合氣道技術と訓練に必要な用語はいつも韓国語だ。

[レナ・大学生:合氣道を習ってると韓国に行きたくなりました。 韓国語で授業をして、私たちは韓国語で数字を数えることを学びました。]

彼が初めてパリに道場を開いたのは、2009年、世界の合氣道連盟セミナーに参加するためにフランスに立ち寄った折りに東洋武術に対するフランス人の高い関心を発見し、移民を決心した。

[イ・カンジョン/合氣道師範:ここでは大人が文化であると同時に特技として、我が国でゴルフを好むように、ここでは武道がかなり好まれるんです。]

東洋武術愛好家層が厚いのが必ずしも長所になっただけではなかった。中国人と日本人が運営する多様な武術道場が既に定着して熾烈な競争を繰り広げていたためだ。

後発走者として韓国の合氣道を知らせなければならなかったイ氏は技術よりも武術の精神を強調する戦略で差別化を試みた。

[イ・カンジョン/合氣道師範:私はいつも生徒たちにスポーツ精神が何なのかとそんな話をします。スポーツ精神はフェアプレーで、武道精神はまず自分を守って家庭を守って国を守る原動力となります。]

攻撃ではなく、愛することが守るための防御の武術であり、性分と心をおさめる文化的修練の武術として合気道を紹介して広めたのだ。

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1: 動物園φ ★ 2016/05/02(月) 13:07:48.52 _USER
日本人観光客、GWは韓国で茶礼体験=2016聞慶伝統茶碗祭り
WoW!Korea 5月2日(月)11時23分配信

去る1日、韓国・慶北(キョンブク)・聞慶セゼ(韓国の民謡)にて開かれている「2016聞慶伝統茶碗祭り」に日本人観光客らが訪問し、茶礼体験をおこなった。

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「2016聞慶伝統茶碗祭り」は「沙器匠の一日体験」を主題に、韓・中・日国際陶磁器交流展をはじめとする多様な体験行事が実施される。8日まで開催中だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160502-00000025-wow-int


元スレ:・【茶道】日本人観光客、GWは韓国で茶礼体験

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dsada1: 動物園φ ★ 2016/05/02(月) 01:18:09.06 _USER
36万本が咲き乱れ…軍港・鎮海の桜に秘められた日韓110年の歴史を紐解いた
産経新聞 5月1日(日)16時40分配信

 日本の桜前線は北海道まで北上し、今年の桜も閉幕を迎えつつある。昔から日本で“花は桜木”といわれてきたように「桜=日本の花」のイメージが強いが、実は、お隣の韓国でも桜を十分に堪能できる。日本的なモノには極めて敏感な韓国でなぜ桜が多いのか。素朴な疑問を抱いて、韓国最大の桜の街、鎮海(チネ)を訪ねた。(鎮海 藤本欣也、写真も)

 韓国南部・慶尚南道の馬山(マサン)からタクシーで30分も走ると、昌原(チャンウォン)市鎮海区の中心部へ至る桜並木に入った。道の両側に延々と桜が続く。

 「この時期は韓国中から人が押し寄せます。桜より人を見に行くようなものですよ」。50代のタクシー運転手が笑った。

 訪れたのは4月3日。1年で最もにぎわう桜のフェスティバル「軍港祭」が2日前に始まったばかりだった。最初の日曜日となったこの日は時折、小雨がぱらつく曇り空。天気が下り坂という予報があったため、前日の土曜日に繰り出した人が多く、「今日の人出は少ない方でしょう」と運転手は予測してくれた。

 とにかく、街の至る所に桜が植えられている。その数、実に約36万本。桜の種類は異なるが、日本随一の桜の名所、吉野山が約3万本というからその規模が分かる。街全体が桜の名所という感じだった。

 軍港祭という名前が示す通り、鎮海は韓国海軍の要衝である。海軍士官学校があるほか、海軍を統括する作戦司令部も、2007年に釜山に移転するまでこの地に置かれていた。そして日本の統治時代には、旧日本海軍の基地が築かれた軍事拠点だったのだ。

 街並みと海を見渡せる高台で車を降りた。日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を破った連合艦隊は、まさにこの鎮海湾から出撃していったのだという。

 軍歌「同期の桜」や特攻兵器「桜花」など、日本の軍隊と桜は切っても切れない関係にある。至る所に桜が植えられている理由が分かったような気がした。しかし-。

 「ええ、日本人が植えたのは事実ですが、解放(終戦)後にそのほとんどが切り倒されたのです」と運転手。ということは、街中の桜は一体、だれが、なぜ?


 鎮海の中心部にある軍港郷土歴史館を訪ねると、「日帝(日本統治)時代に植えられ、解放後に伐採された桜の切り株」が展示されてあった。 (>>2に続く)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160501-00000521-san-kr

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1: LingLing ★ 2016/04/27(水) 08:51:39.77 _USER.net
■「ジョンイ・ジョプキ(※1)を新韓流に」…紙文化行事で声揃え
-紙文化財団・世界折り紙連合所属の愛好家200人参加

(※1)韓国語で紙・折り=折り紙のこと。以下、「折り紙」。

(ソウル=聯合ニュース) ワン・ギルファン記者=「私たちの折り紙(JongieJupgi)を世界化して新韓流を創造しよう。」

24日、ソウル奨忠洞の紙国博物館にジョンイ・ジョプキ愛好家200人以上が集まって声を一つにして誓った。紙を象徴する白色の旗を揚げ、「ジョイ」、「ジョイ」、「ジョイ」を叫んだ。

ここで、「ジョイ」は我が国の紙の木の原料である「楮」が「ジョイ→、ジョーイ→ジョンイ(※2)」と発音が変遷したことから取った言葉だ。 英語の「楽しみ」という意味の「Joy」と発音が同じだ。(※2)「jeo-i→、jo-i→jong-i」

紙文化財団・世界折り紙連合(理事長ノ・ヨンヘ)は「ジョイ」を折り紙世界化に成功するスローガンに用いている。財団は同日、「韓半島統一と世界平和祈願、新たな未来を創造する2016紙文化春セミナー」を開催した。

この日の行事には紙文化財団顧問であるユ・インチョン前文化体育観光部長官、チョ・ヒョンヨン慶熙大国際教育院長、ソン・ソクウ海外同胞書物送り運動協議会理事長、チャン・ムンソプH2O相互扶助運動本部副理事長、アン・ジョンベ クリーンコンテンツ運動本部代表、イム・ウンジン博物館館長、ク・ミレ仏教民俗学博士、チェ・ウナ韓国青少年サークル連盟研究院長、イム・ウリムイムフラワー会長などが出席した。

また、ウ・ドンソク韓国文具工業協同組合名誉理事長、チョン・ギュイル紙国専務理事、キム・ヨンマン紙文化財団生涯教育院長、チョン・チョルジン紙文化産業評価院長、ソ・ウォンソン世界折り紙創作開発院長らが同席した。ノ・ヨンへ理事長は挨拶の言葉で「檀君の歴史と共にし、天・地・人と弘益精神を盛り込んだコッカル(※3)は折り紙の母胎」だとし、「このコッカルを新しい韓流創造文化に発展させていく」と声を高めた。

(※3)コッカル=頭巾のこと。参考画像
PYH2015012610150001300_P2

さらに、「K-ポップやK-ドラマ、K-アートに続き、新韓流に「折り紙」(K-ジョイ)が続いていこう」と訴えた。 (>>2以降に続く)

聯合ニュース(韓国語)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=shm&sid1=103&oid=001&aid=0008355151

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dsada1: 動物園φ ★ 2016/04/24(日) 00:46:55.91 _USER.net
「騒ぐな」訪日花見客に異例の注意喚起 韓国唱える「桜の起源説」はムリが…

2016.4.23 17:10

 訪日外国人が増える中、4月は桜の名所にも多くの外国人観光客が訪れている。ところが、よく問題になるのが花見のマナーだ。中国大使館(東京都)は今年、急増する中国人の観光客向けに初めて日本での花見に関する「注意事項」を発表。「他人の領地に踏み入らない」「樹を揺らして花びらを落とそうとしない」など、異例の注意喚起を行った。中国では2、3年前から、日本への旅行で花見を楽しむのがトレンドになっているといい、奈良市の「ホテルフジタ奈良」などを運営する「藤田観光」(東京都)はマナーや楽しみ方をわかりやすく解説した英語と中国語のリーフレットを作成。外国人観光客からは「わかりやすい」と好評の一方で、「ゴミを持ち帰るのは大変」といった声も聞かれた。

 日本への「桜ツアー」がブーム

 中国共産党機関紙「人民日報」のニュースサイト「人民網」は平成26年4月、「『桜ツアー』が流行し始めている」との記事を掲載。爆買いや通常の観光だけでなく、春は各地で花見を楽しむ中国人旅行者が増えていることを伝えている。

 中国で訪日旅行を多く手掛けるオンライン旅行サイト「Ctrip」(上海)はこの季節、6泊7日で大阪、京都、奈良、東京を巡るパックツアーを「花見旅行」と銘打ち販売。訪問先には大阪城公園や京都・嵐山、奈良公園など、桜の名所がずらりと並んでいる。 (>>2以降へ続く)

http://www.sankeibiz.jp/econome/news/160423/ece1604231710001-n1.htm


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