パクリ・起源捏造

125207053458216307298_DSC_04561: LingLing ★ 2016/07/29(金) 20:51:43.73 _USER
■「情熱のパボチュム※」、日本トクシマアワオドリ舞祝祭
(※パボ=阿呆・馬鹿、チュム=踊り・舞)
ソク・ヒョンス中央(チュンアン)大学校アートセンターアートディレクター

祭りとは何か?祭りは奇跡が起きる所であり、若さと喜び、希望が共存する所、音楽に身を任せて踊って歌いながら逸脱してみれば日常のストレスが全て消える夢と歓喜の空間が、祭りだ。

しかし、我が国にはロックフェスティバルや花火祭りのような外国文化、巨大資本が投入されるイベント性の祭りのみで手一杯なだけだ。

だからなのだろうか?筆者には14年前、赤Tシャツで赤い悪魔になって大韓民国の夏を喉が裂ける「大~韓民国」を叫んだ2002年ワールドカップ応援祭りの思い出がまだ生々しく残っている。

<阿波踊りの人気>

日本には30万を超えるのマツリ祭り(祝祭)がある。 その中で筆者が直接体験した阿波踊り、別名阿呆踊り祭を紹介したい。ほかならぬ「徳島阿波踊り」のことだが、毎年8月になると、日本列島は阿呆踊りの熱気でいっぱいになる。

徳島県最大の伝統祭りである阿波踊りは400年以上の歴史を持っており、現在、各地方の重要行事として定着したのはもちろん、外国でも公演の要請が年中殺到しており、ブラジルのリオデジャネイロ(Rio de Janeiro)カーニバル以上に情熱的だという独自的な評価を下すほど、ここの人々の自負心は相当だ。

毎年8月12日から15日までの四日間開催されるこの祭りは、全国から集まった1000万人(?)を超える人々でいっぱいになり徳島市内はまさに「興奮のるつぼ」と化する。この祭りで最も特異といった点を挙げれば、それは「連」である。連は徳島阿波踊りに参加するチームを指すが、この時期になると徳島県はもちろんのこと、全国的になんと1000以上もの連が参加を申請している。(省略...)

<阿波踊りの舞>
参加チームを選抜するための予選は一ヶ月前から徳島県で開催される。 予選時期から徳島県はお祭りムードで沸き立ち始める。一ヶ月間の予選期間を経た後、選抜された20の連は徳島市内の幹線道路を封鎖して設置した舞台で阿波踊り競演大会を繰り広げる。日本人特有の爽やかな服を着た参加者は単純なリズムに合わせて手の動きを主とした阿波踊りをしながら道路を行進する。

(日本の踊りは概して手を頭上で上げるケースがほとんどないのに、異例的に徳島阿波踊りが手を頭上に上げて踊るのは、壬辰倭乱当時に引かれてきた韓民族の踊りが由来ではないのだろうかという推測もある。 現在は我が国の舞踊家キム・ミョソン先生チームが毎年韓国を代表して参加している。) (中略)
 

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1: ハイキック(庭) 2016/07/24(日) 00:56:19.02
全世界で大ブレイクしているスマートフォンゲームアプリ『ポケモンGO』だがいまだに韓国ではサービス開始されていない。そんな韓国では既に登録者数が100万人を越えており、サービス開始前から話題となっている。

韓国メディアも連日『ポケモンGO』を伝えているだけでなく世間も『ポケモンGO』の話ばかり。先日は子供向けアニメ『ポロロGO』が開発されると発表され日本人だけでなく韓国人にまで衝撃を与えた。

やはり『ポケモンGO』の影響は凄いのか既にARゲームはいくつか開発されているようで、ARを使ってモンスターを戦わせるゲームを発表。韓国ベンチャー企業のアンリアルパーク社は『コードモン』なるスマートフォンゲームアプリを発表しそのイメージ動画を公開。


ゲーム内容は実際にはそこに居ない仮想のモンスターを戦わせるというゲーム。『ポケモンGO』とは異なりアクション性の高いゲームとなっている。対戦する場所にはARを認識させるためにARマーカーを設置しないといけなく、スマホとアプリ単体では遊べない。

『ポケモンGO』は外に出てポケモンやポケストップを探すという探索要素がブームとなっていたが、この『コードモン』はその場に現れたモンスターをARとして対戦させるもの。アプリ内で対戦させるゲームに背景をAR要素を加えたのみである。これなら普通に近くにいる人と対戦ゲームをしているのとなんら代わりがない。まだ公表されていないだけで探索やARを使ったオリジナル要素があるかもしれない。

開発者は「第二の『ポケモンGO』を狙う」としており、今月末にも試験がスタートされる。

イメージ動画は下記のYouTubeからご覧になってほしい。

http://gogotsu.com/archives/20044

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1: LingLing ★ 2016/07/19(火) 22:27:53.77 _USER
■韓国版「ポケモンゴー」・・・5年前に出ていた?
KTの「キャッチキャッチ」、当時ポケモンのような大衆的コンテンツが不足

▽5年前に出た拡張現実ゲーム「キャッチキャッチ」 
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韓国ではもう「ポケモンGO」が5年前に出ていた?

最近、ポケモンGOブームが吹き、拡張現実技術を持っていた韓国でなぜこのような「拡張現実ゲーム」を作ることができなかったのだろうと惜しむことが多かったが、2011年、KTが既に拡張現実ゲーム「キャッチキャッチ」を発売していたことが分かった。

当時、KTスマートブログには「Ollehキャッチキャッチ、Ollehモンつかんで! 幸運もつかんで!」という題名とともに「キャッチキャッチは、位置基盤システムを利用して国内で初めて拡張現実技術をゲームの形式のUXに取り入れたサービス」という紹介文が掲載された。

実際の街角に仮想モンスターが隠れていて、街でアプリを実行すると、隠れているモンスターが見られるという点で「ポケモンGO」と似ている。

しかし、このゲームは、各種のイベントにもかかわらず、普及に成功できずに1年越しでサービスを終えた状態だ。

業界ではポケモンGOと比較して、Ollehキャッチキャッチの「オレモン」や「モゴモン」などにキャラクターが備えた大衆的なコンテンツがなく、ユーザーの興味を引くことが出来なかった点が最大の失敗要因だと分析する。

知名度が不足したオレモンなどとは異なり、1995年に日本からビデオゲームが発売され、世界的な興行を記録したポケモンはその後も絶えず発信されるアニメ、映画によって当時世界の子供たちから持続的な人気を集めた。

ピカチュウなど150種類以上のポケモンに登場するモンスターを直接収集するというのは、消費者にとってアニメや映画、ゲームの主人公になることができるよう感じさせたからだ。

業界関係者は「『キャッチキャッチ』と違って『ポケモンGO』は従来に存在していたポケモンゲームのフォーマットのためモンスター収集の行為をみんなが知っていたから、今回のポケモンGOの流行も可能だった」と話した。

ソース ソウル経済(韓国語)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=105&oid=011&aid=0002857502

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s-pokemongo-relity1: LingLing ★ 2016/07/19(火) 00:40:32.31 _USER
■韓国、日本に負けじと「Pokemon GO」類似品を発売

韓国で日本の「Pokemon GO」の韓国版「Pororo GO」が発表される。国内で人気の同名キャラが主人公となる。
アプリケーションの開発はポロロ・ブランドを所有するICONIXと長らく協力関係にあるソーシャルネットワーク社。

同社は2012年韓国大統領選で拡張現実要素をもつ公式アプリを発表、のち類似のプロジェクトをサムスン電子、ヒョンデカード、CJ E&Mなどの韓国企業向けにも実施した。

開発者によると、娯楽目的に特化し、主に大人向けのPokemon GOとは異なり、Pororo GOは拡張現実ゲームを通じての子供向け教育を目指しているという。

オーストラリア、ニュージーランド、米国で7月、日本企業「任天堂」によって発売されたスマートフォン向けゲームPokemon GOは、急速に世界中で人気を博した。

Pokemon GOのユーザーは、スマートフォンを持って移動し、ポケモンを探したり、仮想モンスターボールを入手したりしなければならない。捕まえたポケモンは訓練して他のポケモンと戦わせることができる。一部のポケモンは水の近く、他のポケモンは公園でしか出会えないなど、ゲームは地図情報と連携している。

Pokemon GOは、家から外へ出て、外の世界を探索したり、互いに交流する機会を与えるとして好評を得た。しかし不快な出来事も起こった。例えば、米ワイオミング州に住む女性は、ポケモンを探している最中に、死体を発見した。またミズーリ州では、11人のティーンエイジャーがPokemon GOを使った強盗に遭った。

http://jp.sputniknews.com/world/20160718/2511228.html

▽Pororo
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関連
【韓国】 ポケモンGOブームが見せる日本の知的財産権の力…韓国は?リネージュ等のゲームやポロロ、タヨ等のキャラ[07/15] [
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1468730438/


元スレ:・【ゲーム】 韓国、日本に負けじと「ポケモン GO」類似品を発売=「ポロロ GO」[07/19]

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1: LingLing ★ 2016/07/17(日) 03:53:28.88 _USER
【SBSテレビ、スブスニュース】 タンムジ(※たくあんのこと)、日本のものではなかったです?
 
歌手のパク・ジュンヒョン氏が冷蔵庫の中の器に入った食べ物は何かという質問を受けると、迷いがありません。「それって、タクァンのようですが。」

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「タックアン」「タクァン」…今もこの言葉は私たちの周辺で普通に聞かれます。

そのせいか、タンムジが日本の食べ物ということに、他に疑いを持っていないのです。「タンムジ」が韓国の食べ物かという質問には堂々と日本の食べ物という答えが親切にかえってきます。

実際に、百科事典にもタンムジは日本料理と表記されています。ところで、タンムジが日本の食べ物という事実が、半分は当たっているが、半分は誤っているという主張もあります。

タンムジの由来は千年を越えて、高句麗時代にさかのぼります。当時、高句麗には「テクアム」という僧侶がいました。彼は、仏教を伝播するために日本に渡ります。彼が訪れた日本は大きな戦いが非常に頻繁にあった江戸時代でした。

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参戦した兵士たちは塩でやっと間に合わせたチュモクパプ(※おにぎりのこと)で食事を済ませていました。ご飯のおかずでも作ってあげたかった彼は、発酵が難しい日本で塩漬けにした新たな大根の食べ物を作って兵士たちにあげました。新たなおかずは、兵士たちに広がって行って、その食べ物は「テクアム(澤庵)」の名前を使ってタクアン(テクアムの日本式発音)と呼び始めました。

「日本人はこの漬け方を援用してきゅうりや各種野菜を漬けて食べるようになった。こうして漬けた食べ物を日本人は「ツケモノ(漬物)」と言う。」 -ソン・ペクホン忠南大名誉教授

「テクアム」のタクァンは日本で引き続き発展して行き、塩に漬けた食べ物(ツケモノ)は日本で必須の食べ物として定着していったといいます。タクァンが我が国に入ってきたのは、日清戦争後であると知られています。当時、日本人が朝鮮に入り、うどんなどと一緒にタクァンを持ってきたということです。

その後、キムパプと出会ったタンムジは私たちの口に合うように変身を繰り返したし、これはモバイルメッセンジャーでもタンムジをモチーフにしたキャラクターまで誕生して広く愛されています。

タンムジが日本で始まった食べ物であることは事実であるが、その始まりは韓国人であったという話。簡単に用いて簡単に食べていたタクァンとタンムジに、かなりの昔、韓国人の配慮が盛り込まれているというのだから、その黄色い大根がちょっと違って見えませんか。

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=055&aid=0000430199

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1: 動物園φ ★ 2016/07/14(木) 06:48:58.09 _USER
(アジアニュース通信=キム・ソンシク記者)2016年07月13日14時33分

13日、忠北(チュンブク)報恩(ポウン)鐘谷(チョンゴク)小学校(校長ペ・チャングン)が校内の多目的室で1~2年生を対象に人格教育次元で「茶礼と伝統人事法」の教育を実施して注目を集めた。

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この日の教育では清風(チョンプン)忠孝礼儀院のイ・ソンスク講師を招へいし、伝統礼儀や現代礼儀、茶道などを指導した。

学生たちは茶礼を通じてお茶を飲む時の礼儀を習い、左手を右手の上に置いて両手を取り合って尊敬の意を表す拱手とともにお辞儀する方法や、小さいお辞儀をする方法を実習を通じて実らせた。

この日の教育に参加したキム・ソンウクくん(2年)は「テレビでお茶飲むのを見たが、僕が直接茶器を持って実習できて良かった」として「心も物静かになるようだった」と所感を語った。

ペ・チャングン校長は「礼儀教育を通じて学生たちに暖かい思いやりを育てる人格教育をする機会になった」と伝えた。

http://www.anewsa.com/detail.php?number=1041646&thread=09r02


元スレ:・【韓国茶道】小学校で茶礼を通じて人格教育(画像)

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3f04bb504813a8cc0126d16eab2b93891: ねこ名無し ★ 2016/07/08(金) 13:47:49.03 _USER
2016年07月08日13時32分 [ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版]

韓国の自動車産業がエコカーなど未来自動車競争で遅れを取る危機を迎えているという指摘が専門家から出ている。

韓国自動車産業学会は7日、ソウル駅三洞(ヨクサムドン)ベレサンスホテルで「自動車産業の危機脱出のための新発展戦略」をテーマにした韓日中国際学術大会を開催した。ここで専門家らは「世界で初めて水素燃料電池車量産に成功した韓国は、水素ステーションなどインフラの構築が遅れ、エコカーの競争力を失っている」と指摘した。

◆支援策の遅れで競争力失う

学術大会では、モノのインターネット(IoT)技術と強化されるグローバル環境規制が自動車産業の未来の姿を変化させるという分析が相次いだ。イ・ジマン自動車産業学会会長(延世大経営大教授)は「10年前には商用化できなかったコネクティッドカー、エコカーなどは、すでにグローバル自動車市場で相当なシェアを占めている」とし「韓国企業が自動車市場の大規模な変化についていけなければ造船業と似た危機を迎えることになるだろう」と述べた。

中国電気自動車専門家のリュ・シュアン武漢大教授は「中国政府は深刻な大気汚染を解決するために莫大な支援策を前に出して電気自動車の普及に積極的に取り組んでいる」とし「中国政府は2025年まで電気自動車500万台を供給するという目標を達成するため、電気自動車の購買税を受けず、ガソリン車では1年以上もかかるナンバープレートの発行も電気自動車に対してはすぐにしている」と話した。中国の昨年の電気自動車販売台数は20万7382台と、米国(11万5000台)を抜いて世界1位となった。

産業研究院のキム・ドフン研究委員は「韓国は世界で初めて水素自動車を量産するほどエコカーなど未来の自動車市場でリードしていたが、政府の遅い支援政策のためインフラ構築など環境づくりには失敗した」とし「電気自動車の利用環境は中国深セン市が、水素自動車はフランスなど欧州の国が最もよい」と分析した。

◆韓日中「分業体制」構築を

急変するグローバル自動車環境に対応するため、韓日中3カ国が緊密な協調体制を構築すべきだという助言もあった。キム・ヨングン韓国自動車産業協会会長は「韓国、日本、中国はグローバル自動車生産の42%を担当している」とし「ブレグジット(英国のEU離脱)など対外変数によって不確実性が高まっている状況で競争力を失わないためには3カ国の緊密な協力体制は必須」と述べた。

日本製造業の競争力の根幹である「ものづくり」という言葉を初めて紹介した藤本隆宏東京大経済学科教授は「エコカーは部品や車体などを外部から調達する傾向がガソリン車より大きい」とし「韓国が生産したバッテリーを搭載して中国で製造した電気自動車を日本の企業が販売することが増えるだろう」と説明した。続いて「今後20年間、エコカー市場は支配的なモデルはなく、ハイブリッド車、電気自動車、水素燃料電池車が激しく競争する市場になりそうだ」と予想した。

リュ教授は「BYDなど中国電気自動車企業も多くの韓国産部品を使っている」とし「中国電気自動車市場の発展は韓国部品企業に新しい機会を開くだろう」と述べた。チュ・ヨンソプ中小企業庁長は「自動車産業は韓国経済を率いていく核心産業」とし「韓国、中国、日本がそれぞれ生き残ろうとするのではなく、協力を通じてパートナーの役割ができるよう政府も積極的に支援する方針」と述べた。

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1: LingLing ★ 2016/06/28(火) 19:44:16.70 _USER
■伝統技術蘇らせ、国際競争力育てる

<アンカーコメント>
歴史的に世界最高あるいは世界初だった私たちの伝統技術が現代に至るまでに発展できず、伝統文化程度にとどまった場合が多いですよ。

最近、優秀な伝統技術に先端科学を携え、新しい高付加価値製品を作ろうとする努力が続いています。チェ・ゴニル記者の報道です。

<レポート>
伝統剣に穏やかな波模様が続きます。鉄の塊を数千重打って作った古代鍛接方式に従いました。

私たちの伝統技術ですが、日帝強占期に命脈が切られました。その一方、技術を伝授された日本は名品の日本刀や厨房用刀(※キッチンナイフ)を製作して世界市場を牛耳っています。

遅くなりましたが、私たちも伝統技術を現代化させ、世界市場に挑戦状を投げました。

<インタビュー>
ハン・チョンウク(伝統刀剣匠人):「立派な製鉄技術である鍛接方式の技術が、KIST(韓国科学技術研究院)と重なり、立派な鋼鉄を生産して、そのような鋼鉄で厨房刀や生活用品を...」

3Dプリンティングに使用される材料のフィラメントが作られています。従来のプラスチック材質の代わりに天然伝統素材である檜の粉を活用して木の風合いがする環境にやさしい製品を作りました。

耐久性に優れ、人体に有害な成分がないため、従来の製品より高く売れます。伝統素材を活用した方法はさまざまな側面で試されています。

<インタビュー>
イ・ホンジュ(韓国科学技術研究院の博士):「土とか樹木とか稲がら、こんな素材を用い、漆基盤で抽出した伝統接着剤を使って3Dプリンティング用建築用素材を作ることができます。」

私たちの伝統文化資源が先端科学の服を着て世界舞台に挑戦しています。

http://livedoor.blogimg.jp/gensen_2ch/imgs/e/2/e295abcd.jpg

KBSニュース、チェ・ゴニルでした。

ソース KBSニュース(動画あります)
http://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=3302334

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s-uid000002_2010081911292609504f4c1: 動物園φ ★ 2016/06/22(水) 17:08:33.59 _USER
2016年06月22日10時26分
[中央日報/中央日報日本語版]

「これでいい」。先月7日、釜山市機張郡(プサンシ・キジャングン)の国立水産科学院ウナギ養殖研究室。2008年からウナギの完全養殖の研究をしてきた研究陣10人余りは歓声を上げた。受精卵をふ化させてシラスウナギに育てた親魚から第2世代10万匹が生まれる瞬間だった。

これで韓国が日本に続き世界で2番目にウナギの完全養殖に成功した国になった。日本が人工ふ化から完全養殖まで36年かかった研究期間を韓国は5分の1の8年で実現した快挙でもあった。


完全養殖というのは受精卵からふ化させた仔魚を育てて再び受精卵を生産するようにする技術をいう。天然ウナギなしに人工ふ化したウナギだけでずっと養殖をつないでいける技術だ。

韓国の水産養殖専門家たちは1970年代に国内技術者が日本から苦労して半導体技術を学んできた過程を同じように体験しなければならなかった。4兆ウォンに達する世界のウナギ市場の中で70%を占める日本は、1800年代から養殖技術の開発を始めて2010年に完全養殖に成功した。苦労して成功しただけに日本のウナギ養殖技術のセキュリティーも徹底していた。


92~97年に東京大学で水産物繁殖技術を学んできたキム・デジュン国立水産科学院研究員(50)は「大学のウナギ研究チームに外国人は入れてくれなかった。ちょうどウナギをテーマに論文を書いていた日本人の同期を助けながら技術を習得できた」と話した。

キム・シングォン国立水産科学院研究員(45)はそれなりに運が良かった。済州(チェジュ)大学で養殖飼料を専攻したキム研究員は東京海洋大学で修士・博士過程を終えた後、ウナギの養殖研究を総括する日本水産総合研究センターに入ることができた。彼は「ちょうど飼料を集中的に研究する職員を選んでいた。技術を伝授してくれた教授も『韓国と台湾でも成果が出てくれば日本も善意の競争ができる』と好意的だった」と話した。

しかしキム・シングォン研究員が韓国に戻って2012年に受精卵からふ化させたウナギの幼魚を変態直前まで育てたという成果が相次いで発表されると、日本政府は直ちに技術流出阻止に出た。彼が勤めていた水産総合研究センターの外国人共同研究を最初から禁止させた。このためウナギの仔魚を育てる飼料は独自開発するほかはなかった。 (続く)

http://japanese.joins.com/article/262/217262.html


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1: ダース・シコリアン卿 ★ 2016/06/22(水) 12:43:23.18 _USER
Record china  配信日時:2016年6月22日(翻訳・編集/吉金)

2016年6月18日、韓国・YTNテレビは、海外ではまだあまり知られていない韓国料理・キムパプ(のり巻き)の魅力を英国で広めている英国人男性について報じた。

英国・ロンドンのテムズ川河畔に毎週末並ぶ屋台の中に、大きな韓国国旗を掲げた店がある。英国人料理ブロガー・ダニエルさんがキムパプを売る屋台だ。昨年、3カ月間の韓国旅行でキムパプのおいしさに一発で「はまった」という。英国でまだポピュラーではないキムパプは新しい味として人気が出るに違いないと確認し、先月から店を出し始めた。店の名は「POJANG(ポジャン)」。韓国の屋台「ポジャンマチャ」と、テイクアウトを意味する韓国語「ポジャン(包装)」から取っている。

ダニエルさんの予想は当たった。ロンドンの若者が世界の味を楽しみに訪れるこの週末市でキムパプは大人気となり、1時間以上並ばなければ食べられないほどの名物に。ここで初めてキムパプを食べたロンドンっ子の一人は「ロール状でよく買うすしと似ているけど、すしと違って牛肉が入っているからとてもおいしい」と感想を語った。

ダニエルさんは「ロンドンにはビビンパやサムギョプサル(豚三枚肉の焼き肉)の店はあるがキムパプを出す店はほとんどない。キムパプは十分に可能性があると思う」といい、キムパプがすしぐらいの人気を得る日まで屋台を出し続ける計画だという。

これについて、韓国のネットユーザーからさまざまなコメントが寄せられている。

「ダニエルさんが作るキムパプは、韓国のチェーン店のキムパプより中身がたっぷり詰まってるね」

「キムパプにはかなりの競争力がありそう」

「キムパプと日本のすしだったら、キムパプの方がおいしいと思う」


「英国でキムパプチェーン店をやろう」

「キムパプはすでに外国でよく売れる人気の食べ物になっているよ。ただ問題は、外国人はキムパプをすしの一種、つまり日本料理と勘違いしていること」

▽キムパプ
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img_021: 蚯蚓φ ★ 2016/06/21(火) 21:39:01.04 _USER
済州海女(チェジュヘニョ)から潜水(ムルジル)技術を習った日本に海女(アマ)に元祖の席を奪われるかもしれないという憂慮が民意の殿堂で公式に提起された。

イ・ソンファ議員(セヌリ党)は21日午後に開いた第341回第一次定例会第二次本会議で5分間の発言を通じて「最近、日本のSNSを見ると、済州海女や海女文化を国内だけでなく世界に知らせるマーケティングに済州島(チェジュド)が一層拍車をかけなければならない」としてこのような憂慮を伝えた。

イ・ソンファ議員
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イ議員が最も憂慮した場面は去る5月25~27日、日本の三重県伊勢志摩で開かれたG7首脳会議だ。安倍総理夫人がG7首脳配偶者プログラムを通じて日本海女を世界に知らせる広報の場に活用したのだ。特になかなか国際行事に顔を出さなかったドイツのメルケル首相の夫(ヨアヒム・ザウアー)が今回のG7首脳会議に参加することになった理由について「海女文化に対する個人的な好奇心のため」と話した部分は大きな衝撃だった。

これについてイ・ソンファ議員は「日本は海女文化をこのように国家ブランドとしてグローバル・マーケティングするにあたって、すでに画家らが描いた切手もあり、世界へ行って政府と首相夫人まで立ち上がって日本の海女を広報するとはうらやましいばかりだ」と吐露した。

イ議員はまたSNSで「済州海女に海女技術を習った日本、あきれたことに海女の元祖を主張。日本に元祖の席を奪われる危機」というタイトルの文がトピックとして広がると聞いて「日本の海女の国家的関心は全世界に広がっている反面、これを見守る私たちは危機感に置かれている」と憂慮を伝えた。

済州海女文化をユネスコ登録に集中する戦略の問題点も指摘した。イ議員は「本来、世界の人々に愛されて共感を得るのは元祖の済州海女(チェジュヘニョ)ではなく日本の海女(アマ)」として「世界の人々にチェジュヘニョは発音するのも難しいが、日本のアマという発音は簡単で、政府の支援を受けた各種マーケティングを通じてグローバルブランド化されつつある」と話した。

それと共にイ議員はウォン・ヒリョン知事にSOSを出した。本来、済州海女文化がユネスコ文化遺産登録されても全世界の人々から愛されるコンテンツは日本のアマになりかねない、という憂慮を伝えたイ議員は「済州海女文化の価値を高めるために、知事と済州が持つ全世界の人々とのネットワークを稼動して欲しい」と訴えた。

チュァ・ヨンチョル記者

ソース:済州の声(韓国語) 「済州(チェジュ)で海女技術習った日本に元祖を奪われてしまう」
http://www.jejusori.net/?mod=news&act=articleView&idxno=179047


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1: 蚯蚓φ ★ 2016/06/20(月) 00:14:46.28 _USER
[アジア経済=チョン・イルウン記者] 三国時代から行われてきた伝統遊びの一つ「チュクパンウル」(ケンダマ)が最近第2の全盛期を迎えている。木をチャング(ツヅミ)形に作り、これを空中に放り上げて受け取る形のこの技芸的遊びは過去、崔致遠(チェ・チオン)の「郷楽雑詠」に記録され、三国時代から朝鮮時代に至るまで子供たちの間で粘り強い人気を得ていたと伝えられる。

特にこの遊びを初めてする時は玉をチャング状の受け台に乗せるのが容易ではないが、上手くなれば、遊ぶ人に自信を与えてすべてに肯定的、積極的な思考を持つことができる点で効用性が認められる。遊びに面白味が見つけたらいつのまにか手つきがはやく精巧になり、均衡感覚もまた良くなるのも長所だ。

反面、遊びに技術的要素が反映されて多くの訓練が必要な点と、けん玉の他にも遊びが次第に多様化して我が国ではこの遊びが徐々に人気を失ったのは事実だ。

しかし、これまで我が国から日本やヨーロッパなどの地にこの遊びが伝わって以来、今まで変化と発展の過程を経て最近は再度、我が国に流入して一部の地域の小学校を通じて人気を集めつつある。

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大韓民国ケンダマ協会のキム・ドンウ会長は「我が国の伝統文化であるけん玉が日本ケンダマ協会との協力関係を通じて国内で第2の全盛期を迎えつつある」として「過去、チュクパンウルと呼ばれた我が国固有の遊びが「ケンダマ」という名前を新たに得て、再度、我が国に伝わった形」と説明した。

それと共に「協会は新しい名前を得たこの遊びが韓国の伝統文化と融合した新しい教育玩具として開発され大衆に知らせ、さらに進んで韓国固有の伝統遊びとして新たに世界各国に伝わるよう注力する方針」と抱負を明らかにした。

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一方、大韓民国ケンダマ協会は我が国の伝統遊びであった過去のチュクパンウル文化を広める目的で今年3月中旬、非営利国家法人としてスタートし、大田(テジョン)と忠南の中学校の学生たちがケンダマを体験する時間を用意した。

また、このような公教育内でのケンダマ教育を徐々に広めて最終的には学校別大会、市大会、道大会、全国大会に続き、世界ワールドカップ大会に広めるという趣旨で遊び研究と試演行事などを着実に開催していく計画だ。

ケンダマ教育に関する詳しい内容と協会加入などは協会ホームページを参照したり電話で案内を受けることができる。 (大田=チョン・イルウン記者)

ソース:アジア経済(韓国語) 韓国固有の遊びけん玉、新しい名前「ケンダマ」で第2の全盛期夢見て
http://www.asiae.co.kr/news/view.htm?idxno=2016061915170560876


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1: ねこ名無し ★ 2016/06/10(金) 14:59:58.50 _USER
東国大教授「日本にある金剛鈴、16点中9点は高麗の物」
崔応天教授、日本国内の16点を精密調査
記事入力 : 2016/06/10 11:06

 「唐・宋の物とされてきたが、びっしりとある文様が突出している中国の物とは異なり、高麗の物は陰刻で簡略に表現」

 「日本にある金剛鈴のうち、これまで中国の物と分類されていた9点は高麗時代の遺物とみるべき」


 東国大学美術史学科の崔応天(チェ・ウンチョン)教授は昨年、安息年休暇を利用し、日本国内の博物館・美術館が所蔵している金剛鈴16点を精密調査した。金剛鈴とは、水滴型をした仏教の儀式の道具で、取っ手の端の部分が動物の爪のように分岐している。崔教授は9日「日本では、残存している金剛鈴のうち様式的に優れた作品を、特に理由もなく唐もしくは宋の制作としてきたが、このうち9点は高麗時代の物という結論を下した」と発表した。

▽左の写真は奈良国立博物館にある「銅五大明王五鈷鈴」。右の写真は、2014年に道峰書院跡から出土した高麗前期の金剛鈴。/写真提供=崔応天教授、李泰景(イ・テギョン)記者
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 崔教授によると、中国製の金剛鈴はおおむね高さが27-30センチで、韓・中・日の中では最も大きい。取っ手は太く、取っ手と本体がほぼ1対1で同じ割合だ。文様は突出しており、取っ手と本体をつなぐ部分をハスの葉・花などの文様でぎっしり埋めているのが特徴。目の細かい「魚子文」で余白を埋める唐の金属工芸品の手法が、金剛鈴にもそのまま採用されているわけだ。これに対し韓国の金剛鈴は、ほとんどが高さ22-23センチで、取っ手は太くない。文様の突出もそれほどではなく、そもそも陰刻で簡略に表現している。取っ手と本体の連結部分は「蓮弁(れんべん)文(ハスの花弁の模様)」で囲ってある。

 中でも奈良国立博物館が所蔵している「銅五大明王五鈷鈴(ごこれい)」は、図録では「唐・宋代に作られた中国の金剛鈴」と紹介してあるが、取っ手に陰刻で蓮弁文が表現してあり、本体の肩の部分にも厚い蓮弁文が重ねてある点など、高麗時代の金剛鈴の特徴が明らかに出ていると崔教授は説明した。崔教授は「この金剛鈴は、植民地時代に撮影されたガラス乾板の写真から、もともとは海南の大興寺が所蔵していた物と考えられる。その後、奈良国立博物館が所蔵するようになったと推定される」と語った。

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1: 蚯蚓φ ★ 2016/06/07(火) 00:38:04.25 _USER
壬辰年に倭国の怪獣たちが荒れ狂った時、嶺南(ヨンナム)地域の孤城が幾重にも包囲され、すぐにも陥落する危機に瀕しました。この時、城主と非常に親しい人の中に、普段とても風変わりな技術を持った人がいました。彼が飛車を作って乗り、城内から飛んで友を乗せ城外30里を飛行後、着陸して外敵の刃を避けました。-「飛車辨證說」より
1903年12月17日米国ノースカロライナのある浜辺で飛行機一台が飛びあがった。それは世界初の飛行機、ライト兄弟が作ったフライヤー号だった。しかし、それより300年も先んじた1592年に朝鮮の空を自由に飛んだ飛行機がある。それが飛車だ。

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この年に日本が朝鮮を侵攻して勃発した壬辰倭乱(文祿の役)の激戦地になった一次、二次晋州城(チンジュソン)戦闘で朝鮮の下級軍官である鄭平九(チョン・ピョング)が開発して人と物資を輸送し大活躍したと伝えられる。朝鮮末期の実学者、李圭景(イ・ギュギョン)は『五洲衍文長箋散稿』の「飛車辨證說」にこの驚くべき飛行装置に関する記録を残した。

航空科学者イ・ポンソプは「朝鮮の飛行機、再び空を飛ぶ」で永く伝説の中に埋まっていた飛車の実体を私たちの歴史と技術の中から一つ一つ明らかにした。韓国とロシアで航空工学を研究した著者は飛車の存在を記録した代表的な朝鮮時代の文献「飛車弁証説」を糸口にして韓国の伝統科学技術と先端航空工学の成果を融合し、歴史的に実存可能な飛行手段として飛車の可能性を証明した。(中略:伝承の経緯)

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1: ねこ名無し ★ 2016/06/06(月) 03:35:41.14 _USER
6000年前の文化、起源をめぐって争う韓中

古代史の真実を求めて
遼河文明と紅山文化
中国「黄帝が主役、中華文明の起源」、神話を基に説明するのは無理

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遼河文明とは、中国の遼河一帯で成立・発展した古代文化のことを指す。「遼河文明が中原よりも先に文明の段階に至った」と主張する研究者が、中国の学界には少なくない。こうした主張が可能になった背景には、紅山文化がある。

 紅山文化とは、紀元前4500年ごろからおよそ1500年にわたり、内モンゴル東部と遼寧省西部のシラ・ムレンおよび大凌河・小凌河流域を中心に発達した後期新石器文化の一つだ。「之」の字型の線文を刻んだ円筒形土器や幾何学文様の彩陶、そして主に野生動物をモチーフにしたさまざまな形態の玉器が、同文化の標識となる遺物だ。紅山文化の成立を代表するのが、遼寧省西部に位置する牛河梁遺跡。ここには「女神廟(びょう)」と呼ばれる神殿を中心に、およそ50万平方メートルにわたって積石塚が散在している。女神廟は半地下式の木造建築物で、内部からは、土で作られた人物・野生動物の塑像の破片が出土した。人物は女性で、頭部1点は比較的良好に保存されていた。

 紅山文化が文明の段階に到達したという主張は、その主人公として「黄帝族」に目を付けている。今から5000年前に文明段階に至ったとするなら、中国初の文明だ。それが「国祖」とあがめられる黄帝のものなら、物語は一層整った構造を備えることになる。紅山文化を通して、中国文明の発祥地を黄河流域から遼河流域に変更しようとする狙いがある。だが積石塚がいかに印象的でも、紅山文化に、文明の基準となる「国家」や「安定的階層構造」の痕跡を見いだすことはできない。

 にもかかわらずこうした主張をする裏には、漢民族はもちろん、少数民族まで一つの共同体としてまとめて「中華民族」としてのアイデンティティーを付与しようとする計算が隠れている。中華文明は複数の起源を持っており、その複数の文明が互いに交流して一つに融合したという、いわゆる「多元一体論」が核心にある。紅山文化がまず文明に達したが、それは中原の仰韶文化と接触したことで可能になった-という解釈も出てきている。仰韶文化で発達した彩陶が紅山文化にも見られることが、証拠として提示されている。しかし、隣接文化間相互の影響は、必ずしも融合を担保するものではない。

 紅山文化が黄帝のものであることを立証するため、女神廟から出土した野生動物の塑像の中にクマがいると主張している。紅山文化の代表的な玉器たる「獣形ケツ飾(ケツは玉偏に夬)」で飾られた野生動物がクマだともいう。クマを強調する理由は、黄帝の国が「有熊氏」だという伝承が『史記』にあるからだ。だが、仮にそうだとしても、女神廟の野生動物がクマなのかそうでないのか、立証できるすべはない。玉器で飾られた野生動物も、当初はイノシシだといわれていた。

 黄帝は神話上の人物であって、戦国時代になって歴史的な人物に変わった。黄帝の歴史的性質を強調するため、黄帝が炎帝・蚩尤と戦ったという阪泉・タク鹿が河北省張家口市にあることを強調する。ここは、紅山文化と仰韶文化が交差分布する地域だ。黄帝がここで南方を代表する炎帝・蚩尤と戦ったとする伝承が、事実であることを立証しているかのようだ。しかし黄帝の墓は陝西省延安にあり、都邑(とゆう)は現在の河南省新鄭市にあったという。神話の空間は、実在の空間ではない。

 クマを強調している点は、「紅山文化が古朝鮮のもの」という主張を展開している韓国人にとっても魅力的だ。檀君神話の熊女を連想させるのだ。しかし、古朝鮮の実体が確認されるのは紀元前1000年ごろのことで、その領域を遼西・遼東まで含む広い地域に余裕を持って設定しても、この時空間の範囲に紅山文化との継承関係を立証し得る遺跡・遺物を見いだすことはできない。従って、紅山文化が古朝鮮とつながるものだとする主張も、成立は困難だ。 (キム・ジョンヨル崇実大学史学科教授)

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/06/03/2016060301768.html

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