パクリ・起源捏造

1: LingLing ★017/11/30(木) 23:33:30.61
■韓国式ジョンイジョプキは文化資産…世界化乗り出す
毎日経済(韓国語)

・上古時代から続く 「コッカル」 民族の魂込められていて
・中国はユネスコ登録終えて、日は 「オリガミ」でグローバル化…韓国も固有名声取り戻さなければ

 
※ジョンイジョプキ(Jongie Jupgi)=折り紙のこと。

<ノ・ヨンヘ紙文化財団理事長>
「テコンドーが日本空手を退けて世界的にテコンドー(Taekwondo)と呼ばれるように、ジョンイジョプキが日本のオリガミの代わりとなるのが最終目標です。」

30年間「ジョンイジョプキ」という大きな井戸を掘ったノ・ヨンヘ紙文化財団理事長が明らかにした覚悟だ。キム・ヨンマン紙文化財団生涯教育院長が「ジョンイジョプキおじさん」として知られているのなら、ノ・ヨンヘ理事長は「ジョンイジョプキ母」に近い。

ノ理事長にとっては、ジョンイジョプキは単純なジョンイジョプキを超える。ジョンイジョプキは、先祖の魂が込められた文化であるから、30年間根気よく続けることができた。

日帝強占期時代を経て、韓国のジョンイジョプキがほとんど消えてしまった。このような現実を残念に思った彼女はジョンイジョプキ保有国の名声を取り戻すことにした。

1989年ノ理事長が発足した韓国ジョンイジョプキ協会が出発点だ。彼女は「1987年、日本出張中にデパートでジョンイジョプキ展示会と体験教室に参加している家族を見てショックを受けた」とし、「帰国後、ジョンイジョプキ文化の勉強を開始して、韓国ジョンイジョプキを復活させると誓った」と述べた。

現在、日本のジョンイジョプキである「オリガミ」は、色紙製品名として世界に広く知られている。ノ理事長は、「日本はジョンイジョプキ宗主国ではないのに、一足先にグローバル化に成功した」と述べた。彼女は「紙は、紀元後(AD)105年、後漢の蔡倫が樹皮・麻布・竹・魚網などを利用して発明したと伝えられる」とし、「ジョンイジョプキも同様に、中国 - 韓国 - 日本の順に伝播した」と説明した。

その後、韓・中・日のジョンイジョプキはそれぞれの道を行った。中国の「紙切り(※剪紙)」は、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されて、日本は独自の伝統と文化を比較的うまく継承して、世界化に成功した。 >>2以降につづく
 
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1: LingLing ★2017/11/29(水) 16:44:02.19
■ノルウェーに私たちの建築文化を紹介する「韓国庭園」が生じる
「テコンドー代父」チョ・ウンソプ氏の主導で来年5月、ブルビック島に

聨合ニュース(韓国語)

(ソウル=聨合ニュース) カン・ソンチョル、カン・ビョンイルワールドOKTA名誉記者(ノルウェー) = ノルウェー第2の都市ベルゲン近隣のブルビック島に、ウリナラの建築文化を示す韓国型の庭園が建設される。

∇ノルウェー第2の都市ベルゲン近隣のブルビック島に来年5月にオープン予定の「韓国庭園」の全景。この庭をつくっているチョ・ウンソプ(下段左側写真、右)伝統テコンドー会総館長は26日、プルビック島で開かれた国際文化祭にキム・アンナ師範(下段左側写真、右から二番目)とプルコギやキムチなどの韓食を紹介した。
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10万坪規模のその敷地には現在、池、亭子、石塔、石燈、醤甕台、太極門などが造成されており、正式にオープンする来年5月までに韓屋も建てられる予定だ。

2014年からこの庭園を造成しているのは、現地で「テコンドー代父」と呼ばれるチョ・ウンソプ(65)伝統テコンドー会総館長である。

彼は、1977年師範としてデンマークに派遣されたが、1987年にノルウェーに移住してテコンドー普及に尽力してきた。 ノルウェーテコンドーのキョルギ(組手)・プムセ(型)の国家代表監督を歴任して、1992年にはノルウェー、デンマーク、アイスランド3カ国が参加した伝統テコンドー会を創立した。

チョ館長は、1982年から毎年「テコンドーサマーフェスティバル」を開いて、テコンドーの紹介だけでなく韓食・伝統舞踊・国楽の普及などにも力を入れている。この祭典には、毎年テコンドー修練生だけで500人余りが参加するほど広く知られた。

26日にはプルビッグ小学校で開かれた国際文化祭で、現地人にプルコギやキムチなどの韓食を紹介する韓食体験ブースを開いた。

チョ館長は、2012年日本-ノルウェー国交正常化100周年で、ベルゲン市に「日本庭園」が建設されたことで刺激を受けて、韓国庭園建設を推進することになったという。


彼は、「日本へ庭園文化を伝播したのが韓国であるにもかかわらず、そのような事実がきちんと知られていないので残念だった」とし、「一回性で終わるのではなく常時として韓国文化を知らせるために伝統建築技法を適用して、庭園を造っている」と明らかにした。

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4481100i1: らむちゃん ★2017/11/28(火) 20:30:03.45
Record China 2017年11月28日 14時0分 

2017年11月26日、台湾・科技農報は、日本からの密輸イチゴを元に韓国で開発されたイチゴの新品種により、日本のイチゴ業界が5年間で220億円の損失を受けたと報じた。


農林水産省は「韓国で生産されたイチゴ品種の9割超が、日本の品種によって生まれたものである」とし、「韓国で開発された新品種のアジア諸国での販売量はすでに日本を上回っており、5年近くで少なくとも韓国に200億円の輸出額をもたらした。2016年における日本のイチゴの海外販売額は11億円であり、過去5年間で5倍にのぼる販売のチャンスが失われた計算になる」としている。

記事は「もし日本が開発したイチゴ品種が韓国で品種登録を受けていれば、栽培農家は毎年少なくとも16億円のロイヤリティーを受け取れたそうだ」とし、「韓国には品種登録制度はあるが、イチゴについては12年に始まったばかりで、日本の権益が保護されてこなかった。品種登録をしていなければ、韓国での栽培中止を求めることはできない」と現状を伝えている。

また、「品種登録は費用が高額であるうえ、新品種は発売開始から4年以内に登録しないと自動的に権利を失うことになる」と説明。山本有二前農水相が6月に「農林水産省として日本の農家による海外での品種登録の支援により一層務め、品種の流出を防ぐ」と語っていたことを紹介した。


http://news.livedoor.com/article/detail/13952005/

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1: 名無しさん@涙目です。(庭) [ニダ]2017/11/22(水) 16:24:05.42
ゴゴ通信

韓国メディアが「日本が誇る茶道は朝鮮半島に影響を受けたもの」という記事を公開していたので紹介したい。

東亜日報に公開されたその記事によると、茶道は日本文化として紹介される。建築から書道、絵画、陶器、生け花、衣服、懐石料理、お菓子などが網羅されているからである。


 こう書いている日本の茶道が好きなこの記者は1冊の日本の小説に出会った、それは『利休にたずねよ』という小説。
 
『利休にたずねよ』は2008年権威ある文学賞である直木賞を受賞し、日本茶道を完成した千利休(1522~1591)の生活を扱った小説である。千利休は日本の美意識の頂点とされる。

小説の中には千利休が確立した美の原点に、朝鮮から拉致された女性と彼が残した綠釉(リョクユウ)の向かいにあると書いた。もちろん作家である山本兼一の想像である。しかし、意味するところは明確である。日本の茶道と美意識が韓半島の影響を受けたものである。

更にこの記者は「同作が2013年に映画化された際に右翼が強く反発した。日本が世界に誇る茶道文化が朝鮮半島から影響を受けたことを認めたくなかったのだろう」と書かれている。

この記者は「いきなりある日突然、茶道文化が生まれるはずがない。茶道文化は中国で発展し生まれ、韓国を経て日本に入ったと考えるのが自然だ」としている。

しかし、この小説で書かれている内容はあくまで一部想像やフィクションが入っている。そのほかにもこのニュース記事は「漢字と仏教は朝鮮半島を経由して伝えられた」としている。

このニュースだけでなく有名なのは陶器の話で朝鮮半島は元々陶器技術があり、それが日本に伝わったという話がある。
 
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http://gogotsu.com/archives/34825

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1: LingLing ★ 2017/11/21(火) 20:54:01.25
[カン・パンクォン 木、人文学] 花のように美しい落ち葉 
東亜日報(韓国語)

<21>王桜の木

バラ科の落葉高木である王桜は、花が山桜の花よりも大きいために付けられた名前だ。

王桜は、日本語で「サクラ(さくら)」と呼ばれる。


日本の松村任三(1856~1928)がつけた学名(Prunus yedoensis Matsumura)は、原産地をも(江戸・東京)と表記している。それで、王桜を「トンギョンエンファ(東京櫻花)」と呼ぶ。 (省略...)

一部の人々は未だに私たちの王桜を日本から輸入した木として理解している。王桜は我が国の済州道と全羅南道海南に自生する。


そのため、済州西帰浦市南元邑新礼里・天然記念物第156号と済州市奉蓋洞・天然記念物第159号、海南郡三山面九林里・天然記念物第173号の王桜は、我が国の自生植物の歴史においてとても重要だ。

さらに、自生植物は文化財としての価値もとても高いために、特に保存しなければならない。

自生している王桜を直接見るということは、単に一本の木との出会いではなく、文化財との出会いを意味する。

▼花に隠れているが、王桜の木の落葉も花のように美しい。
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そのように、木に文化的価値を与えることが人文学の役割だ。 (省略...)


カン・パンクォン、啓明大史学科教授

ソース 
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=110&oid=020&aid=0003109541
 

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1: らむちゃん ★2017/11/13(月) 21:00:14.33
レコードチャイナ 2017年11月13日 13時30分

2017年11月11日、韓国で折り紙の歴史に関するフォーラムが開かれ、折り紙の歴史が日本より先んじているという研究結果が発表された。韓国・聯合ニュースなどが報じた。

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ソウルの国会議員会館大会議室で開かれた「第1回大韓民国折り紙歴史フォーラム」で、淑明(スクミョン)女子大衣類学科のチェ・クムソク教授はまず、朝鮮半島の紙の歴史について解説した。チェ教授は、「朝鮮半島の紙の起源は紀元前1世紀以前から出来上がっていたと推測される」とし、「その後、610年に高句麗から日本に遣わされた僧侶・曇徴により日本に製紙術と紙文化が伝えられた」と説明した。つまり「紙を日本に伝えたのは古代韓国であり、よって韓民族の折り紙の歴史は当然日本より先んじている」という。

チェ教授はさらに、朝鮮半島で僧やみこなどがかぶる三角帽子「コッカル」が現在の折り紙の起源だと指摘。「わが民族は古代からコッカルを風俗として受け継いできたが、これを織物の代わりに紙で作り始めたことにより折り紙が大衆化した」と説明した。また、「三国時代に呪術や儀礼が朝鮮半島を経て日本に伝来したことで、日本では『神(かみ)』から同音の『紙(かみ)』の語が生まれた」と紹介した。

一方、韓中日比較文化研究所のイ・オリョン理事長は、演説で「中国でつくられた囲碁が日本を通じて西洋に広まったように、折り紙もやはり日本の『オリガミ』を通じて西洋に広がっていった」とした。

韓国でこれまでも繰り返し提起されてきた「折り紙韓国起源説」。ネットユーザーからは「韓国が元祖だったことは認める!でも、日本がより発展させて広めたことも認める!日本は固有のものは多くないけど、他人のものを持ってきて改良・結合するのが上手。『日本のもの』と言い張らなきゃいいのに…」との声をはじめ、「昔、よく折り紙で折ってた鶴や動物はみんな日本から伝わってきたものだよ」「そんなに日本と張り合う必要ある?」「恥ずかしい」などの声が上がり、素直に喜べない人が多いようだ。

「韓国起源説」に嫌気が差したというユーザーも相次ぎ、「また始まった」「あほらしくて言葉も出ない」というコメントや、「それを言ったら中国の方が先では?」との疑問も。

また「大切なのはどう文化を発展させていくかだ」「誰が最も発展した技術を持っていて、誰が効率的に使ったかが重要」と主張する声も上がった。(翻訳・編集/松村)

https://www.excite.co.jp/News/chn_soc/20171113/Recordchina_20171113033.html

元スレ:・【韓国】折り紙の起源は日本ではなく韓国!研究結果に、韓国ネットには嫌気も?=「また始まった」「そんなに日本と張り合う必要ある?」

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1: LingLing ★ 2017/11/10(金) 22:43:44.95
[イ・フィヨンのグローバル時代 ] K-ジョンイジョプキ(K-Jongie Jupgi)がオリガミをおさえられるだろうか
聨合ニュース、韓国語版
 
※ジョンイジョプキ(Jongie Jupgi):韓国語で「折り紙」のこと、ジョンイは「紙」・ジョプキは「折り」。K-ジョンイジョプキは「韓国式折り紙」。

(ソウル=聨合ニュース) イ・フィヨン記者=1980~90年代、小中高校を過ごした世代ならば、小さな色紙で鶴を折った記憶があるだろう。紙鶴1千羽を折ると願いがかなうという話を聞いて、丁寧に折り畳んだ後、机の上に置いたり愛する人にプレゼントした。1982年にはチョン・ヨンロクの歌「紙鶴」がヒットして流行に乗り、先日、盛況裏に放送されたTVドラマ「応答せよ1988」でも紙鶴を贈るシーンが登場することがあった。

紙鶴を折る風習は日本で始まった。 十長生の一つである鶴は千年を生きるといわれ、古くから紙で鶴1千羽[センバヅル・千羽鶴]を折って長寿を祈願する意味で贈ってきた。

広島で生まれたササキサダコさんは、1945年、2歳の時に原子爆弾の放射能にさらされて、12歳の時に白血病の診断を受ける。高校生たちが彼女へのお見舞いをしながら千羽鶴にまつわる物語を話すと、サダコは丹精を込めて鶴を折り始めて、病院のほかの患者も参加して数日後には1千羽を超える。しかし、周囲の応援も空しくサダコは死亡してしまう。そのエピソードが知られている紙鶴は青少年を中心としてさらに広がっていった。バラク・オバマ米大統領もこれを聞いて、昨年5月に広島を訪問した際に手作りの紙鶴を寄贈した。

紙鶴に代表されるジョンイジョプキはウリナラから日本に渡ったものと推定されるが、オリガミ(折り紙)という日本語で全世界に通用する。禅、人参、豆腐、碁が西洋でそれぞれZen、Ginseng、Tofu、Goという日本語で呼ばれるのと同様だ。


ジョンイジョプキの用語と方式も日本が国際標準である。米国と欧州などの幼稚園や小学校ではオリガミという名前で日本式ジョンイジョプキを教えている。

40年前の1987年3月ノ・ヨンヘ氏は「紙文化の再創造運動」の旗を掲げて同年10月、韓国ジョンイジョプキ協会を立ち上げ韓国式ジョンイジョプキの普及に先頭に立ってきた。

1989年3月、正式に韓国ジョンイジョプキ協会を結成したことに続けて、2005年紙文化財団を発足させて2010年「K-ジョンイジョプキ(Jongie Jupgi)世界化」を宣言した。2012年に発足した世界ジョンイジョプキ連合は、現在22カ国46都市に支部を置いている。


ノ・ヨンヘ紙文化財団理事長がモデルとしているのは日本の伝統武術カラテ(唐手)を押して世界的なスポーツへと発展したテコンドーだ。K-ジョンイジョプキもオリガミを抜いて世界人の文化として根付かせたいということだ。
>>2以降につづく)

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=001&aid=0009664392

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1: LingLing ★2017/10/26(木) 23:55:10.38
■来月11日、国会で折り紙の歴史を探る初フォーラム
紙文化財団「K-折り紙で韓流先導する土台作り」 

(ソウル=聨合ニュース)ワン・ギルファン記者

韓国折り紙の歴史を学術的に探るフォーラムが初めて準備される。

紙文化財団・世界折り紙連合(理事長ノ・ヨンヘ)は、11月11日に「紙文化の日」を迎え、国会議員会館大会議室で、共に民主党のソル・フン、ユ・ウンヘ、キム・ミンギ議員と共同で「第1回、大韓民国折り紙(K-Jong ie Jupgi)歴史フォーラム」を開催すると、23日明らかにした。

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フォーラムは、大韓民国紙文化達人代表作品展と折り紙・紙文化遺物展などの展示観覧行事、キム・ヨンマン紙文化財団生涯教育院長の折り紙試演、開会式、主題発表と討論、質疑応答の順で進行される。

開会式には、チョン・セギュン国会議長、ト・ジョンファン文化体育部長官、イ・オリョン韓中日比較文化研究所理事長が出席して、祝辞と歓迎の言葉を述べる予定だ。

第5回大韓民国紙文化達人授賞式、「韓半島平和統一と世界平和祈願三角帽8千万折り運動」合紙式、希望の紙飛行機を飛ばしイベントも続く。

主題発表は、チェ・クムソク/淑明女子大学教授(三角帽子・色糸箱・福巾着)、キム・テヨン/大邱大学教授(紙花)、ク・ミレ/民俗学博士(位牌・バジチョゴリ・折鶴)、クム・ボクヒョン/チョンゴク扇研究所長(葛帽・傘・百摺扇)、イ・グァンヨン/韓瑞大学教授(スンギョンド遊び)が、順に発表することになった。

発表後、イ・グァンホ/国立民俗博物館民俗研究課長(座長)、ユク・ヒョチャン/ソウル文化芸術大学教授、イ・ヒョンモ/在外同胞新聞代表、ワンギルファン/聨合ニュース韓民族ニュース部記者、パク・アムジョン/ソウル特別市博物館協議会会長、パク・キテ/サイバー外交使節団バンク団長、イ・ギルベ/文化財庁無形文化財課長などのパネルが参加する討論が行われる。

ノ・ヨンヘ理事長は「紙は知恵と平和を象徴しながら、折り紙は数学・科学・芸術であるから望ましい創意・人格と創造性などを育てて、21世紀文化芸術時代と4次産業革命時代に資する」とし、「我々の先祖の暮らしに深々と根づいていた折り紙文化のルーツを発掘し、考証して発表する今回のフォーラムは、折り紙の歴史の再確立を通じて、伝統文化に対する自負心とプライドを鼓吹するために準備するもの」と説明した。

彼女はさらに、「欧州や日本などに先んじる我が国の折り紙の歴史を広く知らしめて国家ブランドを高め、健全な国民生活文化芸術の発展に尽くすだけではなく、新韓流創造文化としてK-折り紙が世界化に寄与する目的もある」と加えた。

行事は、国会教育文化体育観光委員会、文化体育観光部、文化財庁、国家基幹ニュース通信社連合ニュース、文化遺産国民信託、韓国国際協力団、国立民俗博物館、韓国博物館協会、高麗大学博物館などが後援する。

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=103&oid=001&aid=0009626220


元スレ:・【新韓流】 韓国国会で「K-Jong ie Jupgi(韓国-折り紙)の歴史フォーラム」開催へ バンク団長、聨合ニュース記者らも参加[10/26]

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precinct_11: ねこ名無し ★2017/10/09(月) 04:36:24.57
朝鮮半島から由来の神道
クリスチャン・トゥデイ
 後藤牧人

韓半島から由来した、神社の問題を考えてみたい。金達寿は日本国内の朝鮮半島起源の文物を現地調査して報告しており、それらは『日本の中の朝鮮文化』(講談社)シリーズで報告されている。

彼の調査の特徴は、新規の発見や発掘ではないことで、すべて古来から朝鮮半島からの伝来として記録のあるものばかりを追っている(それらの記録とは、『古事記』、『日本書紀』、各種風土記、社寺縁起などを指す)。彼はそれらを丹念に尋ね、再確認している。

その報告を見るにつけ、日本の神社の多くに「大和民族」固有でなく、朝鮮半島から伝来したものがあることをいまさらながらに気付かされる。2、3の例を挙げると、同シリーズの第5巻の中に敦賀の起源がある。

敦賀はもともと角度(つぬが)であり、崇神天皇の世に任那(みまな)の王子の都怒賀阿羅斯等命(ツヌガアラシトのミコト)が気比浦に上陸した。そうして地名を「つぬが」とした。(『日本書紀』、垂仁天皇、第2年の条)

また、仲哀天皇は角鹿を訪れ、笥飯宮(けいいのみや)を建てた。現在の気比神宮である。この気比神宮の祭神は、新羅(しらぎ)の王子の天日矛(アメのヒボコ)であり、神名は伊奢沙別命(イササワケのミコト)であり、若狭一宮である。

言うまでもないことだが、任那も新羅も韓半島に存在した国名である。

もう一例は、能登半島、中島町の久麻加夫都珂良志比古(クマカブトアラシヒコ)神社である。この神社の神体は、朝鮮道服(道教)を纏(まと)って、冠帽をつけた木像といわれている。金達寿は宮司から特別に拝観を許され木像に対面し、その通りであることを発見し感動する。また翌年の祭りの季節に訪れ、祭りの行列の歩き方が朝鮮式のステップであることを発見して感激する。

古記録によると、能登半島の神社の8割が百済(くだら)、新羅よりの渡来とされているが、そのことを金氏は再確認する。

さらに越中に移り、富山県の小矢部(おやべ)市史から、同県の栃波(となみ)郡内の神社の祭神はすべて『古事記』『日本書紀』に見える神名に変えられてしまっているが、 なお「・・・ほんらいの姿はあらわれていない・・・古い伝承・・・郡内ではまず異国の神々の存在を忘れてはならない」というところを引用している。

7世紀の百済の滅亡の前後に多くの渡来人が大和朝廷に来たことは歴史に明らかである。通常は朝鮮半島の文化はまず大和朝廷に伝来し、そこからあらためて地方に波及したとされるが、能登半島の場合は、日本海を渡って直接に渡来したと考えるほうが自然であろうと金達寿は言う。

さらに、興味のあることであるが、金氏は読売新聞に載った、東京医科歯科大の島本多喜雄氏の報告について書いている。(新聞の日付はない)

それによると、島本氏は百済の歴史博物館を訪れたところ、鳥居と千木(ちぎ)を備えた建物であるのに驚いた。(千木は神社の屋根の上に部材が逆八の字に立ち上がっている物。神社建築の典型)

実は韓国でもこの建物に対して、これは日本の神宮ではないか、何でこんなものをいまさら建てるのかと非難轟々(ごうごう)であった、と。ところが史実によると、これが百済の王宮の正式の建物であるとのことで、韓国民は納得したという。

この記事を紹介した後で、金氏は鳥居について述べているが、沿海州(シベリアの日本海沿岸地域)のツングース、ギリヤーク族などの習俗の中には、墓地の入り口に鳥居を置くものがある。この「鳥居」には実際に鳥が刻んであったり、または鳥を彫刻したものが吊るしてある。

これは韓半島から沿海州にかけての、死者の霊魂は鳥となって飛ぶとされる思想から来ており、鳥居とは、霊魂が鳥となって飛来したときに止まる場所である、と金氏は言う。同氏は、鳥居が沿海州の葬送の風習の後、一部として始まり、百済(346?~660年)の王宮の建築に取り入れられ、さらに日本に渡来したと考えている。

なお、百済の滅亡の後、仏教の伝来により鳥居は破壊されたようである。朝鮮は原理主義的な傾向の強い国であり、仏教も排他的性格を帯び、土俗信仰の象徴である鳥居を廃止したようである。 (続く)

http://www.christiantoday.co.jp/articles/24537/20171004/nihon-senkyo-ron-49.htm
 

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png1: LingLing ★2017/09/23(土) 22:44:22.41
「我が国の草庵茶、日本茶道に大きな影響」チェ・チョンガン 茶文化研究家
YTN(韓国語)

「日本茶を飲む礼法の中で、『草庵茶茶道』の根は我が国から始まりました。」


陶芸家であり、茶文化研究家でもあるチェ・チョンガン氏は、「新羅の高僧である無相禅師が唐国で『禪茶』を創始し、朝鮮時代の学者である梅月堂(※金時習の号)がこれを『韓茶』すなわち草庵茶として発展させて、日本ワビ茶になった」と主張する。

梅月堂は、我が国の最初の漢文小説である「金鰲神話」の作家としてもよく知られている。チェさんは30年間、100回以上中国と日本の現地図書館と博物館などを往来しながら茶を研究した。以来、これを集大成にした著書「韓茶文明の東傳」は学界の注目を浴びた。

チェ氏は、本を通じて「16世紀日本茶精神のうち、ワビ茶に影響を与えた人は梅月堂で、茶を飲む時に使う器である「ワン」も朝鮮時代の南部地方から伝わったものだから、我が国が日本に影響を与えたということ」と強調した。

我が国の茶の精神と茶器の一部が日本に渡り、日本式に再創造されたというのだ。


次はチェ・チョンガン研究家との一問一答。

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Q.著書を通じて、韓日の間で「茶道文化」が移り行く過程が私たちが知っていた事と異なるという主張をした。

ここでの日本茶道とは、草庵茶茶道すなわち禪茶を意味する。7世紀中頃、唐代で新羅王子だった無相禪師から発達した禪茶は、仏教において茶を飲みながら遂行する文化だ。

以後、高麗時代に寺刹を中心とした禪茶意識が発達し始めた。三国遺事の著者である一然禅師も禪茶を発展させ、新羅と伽耶の茶に関する記録を整理した。その後、朝鮮時代の梅月堂先生にも禪茶精神が伝授された。禪茶は「草庵茶」へと生まれ変わった。

草庵茶は農民が住む草家を母体にした。清貧を基礎として15世紀日本に伝播されて新しい文化を作った。これを30年間研究した結集がまさに著書「韓茶文明の東傳」だ。

Q.それならば、我が国と日本の茶道の違いは何か?

日本ワビ茶は韓国の「草家」に根を置いている。しかし、初期のワビは高台広室のような大きな家から始まった。

これに対し、我が国の草庵は草家のように小さい素朴な自然主義を追求するソンビを通じて発展した。金時習は、禅家と道家、仏家思想を土台に、儒教茶の伝統にこのような哲学的な深みと法式を加えた。

Q.梅月堂によって「草庵茶」が日本に伝播したという事実はどうやって明らかにしたのか?


研究の始まりは35年前だ。金時習が草庵で日本の外交使節の僧侶に徹夜で草庵茶の精神世界を論じる送別詩を詠んだことを梅月堂文集の中から発見した。

1988年、江原大学で開かれた梅月堂関係の国際学術セミナーで、「日本室町時代草庵茶に与えた梅月堂の影響」を主題に論文を発表し注目された。その後に本格的な研究が開始された。(省略...)

http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=052&aid=0001058685


元スレ:・【韓国】 新羅高僧が唐で「禅茶」を創始…これが「草庵茶」として発展し、日本に伝わり「わび茶」になった ~韓茶文明の東伝[09/23]

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5244237i1: ねこ名無し ★ 2017/08/27(日) 09:57:20.49
何でも完全にコピーする中国、韓国企業はお手上げ状態
朝鮮日報 8月27日

中国の電子商取引大手、アリババ(阿里巴巴)が運営する同国最大の通販サイト、淘宝(タオバオ)では「雪蓮秀」というブランドの化粧品が検索に引っ掛かる。

雪蓮秀は韓国コスメを代表するアモーレパシフィックの高級化粧品ブランド「雪花秀」をまねたコピー商品だ。英語名の「Sulwhasoo」も「Sulansoo」に書き換えた。パッケージが本物と似ており、ブランド名も1文字違いとあって、中国人が韓国製品と錯覚する商品だ。アモーレパシフィック中国法人関係者は「巧妙に名前を変え、通販サイトで販売されているが、中国の販売業者にいちいち対応するのは難しい」と話した。

ハンドクリームを桃の形の容器に入れ、ヒット商品になった中堅化粧品メーカー、トニーモリーも中国製コピー商品に頭を痛めている。同社関係者は「細かく見ないと本物と区別が付かないものがかなりある。低品質の商品を使った中国の消費者が韓国側に抗議してきた例が数件あった」と話した。

■食品からIT機器、商標まで

中国製コピー商品は、韓国製化粧品、食品から先端IT機器まであらゆる分野に広がっている。
農心の「辛ラーメン」と「キムチラーメン」は商標とパッケージデザインをそのまま盗用した製品が店頭に出回っている。農心関係者は「辛ラーメンを模したパッケージに低品質の即席めんやスナックを入れて販売しているものもある」と話す。取り締まりが緩い地方都市を中心に奇襲的に商品を供給することが多く、現地に進出した韓国の食品メーカーも実態把握が難しいのが実情だ。

先端IT製品のデザインや製品仕様をまるごと盗用するケースも多く、枚挙に暇がないほどだ。
中国の中堅家電メーカー、天駿(TIJUMP)は昨年、LG電子の衣類管理機「トロムスタイラー(TROMM STYLER)」をまねた製品を500台以上販売した。

また、中国の別の家電メーカー、格蘭仕(ギャランツ)も今年1月、上海家電ショーにトロムスタイラーと瓜二つの商品を自社の新製品として展示し、LG関係者を驚かせた。LG電子関係者は「トロムスタイラーは開発に数百億ウォンをかけた製品だが、デザインと機能をまねて、はるかに安い価格で販売している業者が数社ある」と指摘した。

中国のテレビ大手、 創維(スカイワース)はLG電子が今年1月、米国の消費者家電見本市CESで展示した新製品のコピーを4月に中国メディアに大々的に紹介した。経済協力開発機構(OECD)によると、全世界で流通するスマートフォンの5台に1台は偽造品で、86%が中国で作られているという。

フランチャイズ商標の盗用も頻繁に起きている。有名なかき氷ブランドの「雪氷(ソルビン)」は中国に進出したところ、メニューや内装はもちろん、看板まで酷似した偽フランチャイズに直面した。雪氷ブランドを盗用した中国のフランチャイズ店舗は上海だけで300カ所以上を展開している。

特許庁は昨年までに中国で商標を盗用されたか商標を先取りされ被害を受けた韓国企業が1125社に上ると推定している。「クムネチキン」「パリバゲット」「キムパプ天国」「シンポウリマンドゥ」など中国に進出した大半の韓国系フランチャイズ商標が現地で盗用された。

■巨大なコピー商品生態系を持つ中国

中国のコピー商品産業は拠点別に専門家されており、地域経済の中枢的役割を果たしている。中国福建省ホ田市(ホはくさかんむりに甫)には、ナイキ、アディダスなどのブランド運動靴のコピー生産拠点だ。

全世界の時計の40%を生産する広東省は、コピー時計の温床だ。先端IT製品の偽造の中心地は中国最高の革新都市に数えられる深センだ。世界最大の電気街、華強北路ではどんな製品でも完璧に偽造が可能だ。10万に達する売り場では正規品とコピー品が並んで売られている。

サムスン、アップル、小米(シャオミ)など商店ごとに大企業のロゴが張ってあるが、公式代理店は見つからない。各店舗では部品を積み上げ、スマートフォン、ゲーム機、デジタルカメラ、タブレット端末など消費者が希望する商品のコピー商品を即席で組み立ててくれるほどだ。

裏面はiPhone、表面はギャラクシーSシリーズといった無茶な注文も可能だ。ソウル大機械航空工学の朴喜載(パク・ヒジェ)教授は「深センにはアップルのiPhoneを生産するフォックスコンと世界1位の通信設備メーカーである華為(ファーウェイ)、数多くのスタートアップ企業が世界の人材と技術を吸収しており、どんな種類の製品でも完璧にコピーできる生態系を構築している」と指摘した。 >>2以降に続く)

パク・コンヒョン記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/08/25/2017082501880.html

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4968578i1: ねこ名無し ★2017/08/04(金) 13:17:01.37
日本のイチゴ品種を韓国が“開発”して220億円損失
8月4日 zakzak

 日本で開発されたイチゴ品種が海外に流出、無断栽培されるケースが相次いでいる。韓国では、日本の品種を基に新品種も開発され、アジア各国へ輸出を活発化させているという。


 農林水産省は日本の輸出機会が失われたことによる経済的損失を5年間で最大220億円と試算。いったい、どうなっているのか。

 韓国への品種流出が明らかになっているイチゴは、「とちおとめ」「レッドパール」「章姫(あきひめ)」など国内でも人気の高いブランド。

 農水省によると、栃木県が開発した「とちおとめ」は、韓国で無断生産された上に“逆輸入”され、東京都中央卸売市場に入荷されていたことが判明した。

 個人育種家が開発した「レッドパール」「章姫」は韓国国内の一部生産者に利用許諾をしていたが、何らかの経緯で苗などが第三者に流出して無断で増殖されたとみられる。

 韓国では日本の品種を用いた品種開発も相次いでおり、これまで、レッドパール・章姫を交配した「雪香(ソルヒャン)」、章姫・とちおとめを交配した「錦香(クムヒャン)」などが誕生。こうしたイチゴはすでに韓国で品種登録が行われているという。

 一方、海外で無断栽培が発覚しても、その国で品種登録がされていなければ生産を差し止めることは難しいのが実態だ。問題が明るみに出た頃には出願登録できる期間がすでに過ぎていて、泣き寝入りを強いられるケースも少なくない。


 静岡県が開発、2002年に国内で品種登録したイチゴ「紅ほっぺ」もそうしたケースの一つ。紅ほっぺは「中国で無断栽培されている」との情報があるが、中国では品種登録を行っておらず、苗の回収や廃棄、栽培の差し止めなどの対抗措置を講じることができない状況だ。

 すでに、中国で品種登録できる期間も過ぎてしまっており、「現状としては打つ手がない」と静岡県の担当者は明かす。

 無断栽培の被害はイチゴだけではない。農業・食品産業技術総合研究機構が開発し、06年に国内で品種登録されたブドウ「シャインマスカット」も中国で無断増殖が確認された頃には、中国で出願できる期間は過ぎていた。

 海外での品種登録は、1件当たり100万~200万円程度かかり、手続きも煩雑とされる。そのため、これまで、開発者らが申請に及び腰になるケースもあったといわれる。

 農水省はこうした状況を変えようと、日本で新たに品種を開発した農家や自治体などに海外での品種登録を支援する事業に着手。出願にかかる経費を補助するほか、海外出願にかかる手引書を作るなどしている。

 「海外への流出防止を実効的に行うには、品種が開発されてから速やかに無断栽培などが行われる可能性の大きい国、主な輸出先国の双方で登録することが重要だ」

 農水省の担当者は、そう力を込めている。(M)

http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170804/soc1708040019-n1.html


元スレ:・【日韓】日本のイチゴ品種を韓国が“開発”して220億円損失[8/04]

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1: 動物園φ ★2017/07/24(月) 07:57:04.59
伝統韓紙、ユネスコ人類無形文化遺産登録出る
(文化ニュース 韓国語 2017/07/12)

宗廟祭礼楽、パンソリ、江陵端午祭、キムジャン(キムチを漬けること)文化、農楽、済州海女文化などユネスコ(UNESCO)人類無形文化遺産がある中で、伝統韓紙も人類無形文化遺産登録に乗り出た。


12日午後、ソウル市永登浦区の国会図書館講堂で『2017大韓民国伝統韓紙国際カンファレンス』が開かれた。今回のカンファレンスは、国会議員キム・グァンス、全羅北道、全州市、全州韓紙文化祭組織委員会、全北大学校人文力量強化事業推進団が主催し、文化体育観光部(省に相当)、文化財庁、(財)韓国工芸・デザイン文化振興院、(社)韓国文化財保存科学会、(社)韓国パルプ紙工学会、(社)韓国木材工学会、韓国科学技術院伝統文化科学技術研究団が主管し、全北大学校、国技院、文化ニュースMHN、アジア青年芸術家育成協会、全州ファッション協会、jooleewhaが後援した。

今回のカンファレンスは、大韓民国伝統韓紙のユネスコ人類無形文化遺産登録方案と韓紙文化産業振興法の提案を主題に、伝統韓紙匠人および関連産業界、文化財関連研究者ら約300人余りが参加して行われた。カンファレンスに先立ち、式典公演で韓国伝統の伽耶琴、扇舞が繰り広げられて参加者の拍手を受けた。

司会を務めた本紙パク・リディア副社長兼アジア青年芸術家育成協会理事長は「私たちの韓紙は千年以上保存される優秀性を有しているにも関わらず、ユネスコ世界文化遺産に登録されていない」としながら「中国は2009年に『中国伝統宣紙製造技術』(宣紙の手すき技術)を、日本は2014年に『日本の手作り紙の技術』(和紙:日本の伝統的な手作り紙の工芸)をそれぞれユネスコ世界文化遺産(無形文化遺産)に登録した。今回のカンファレンスを通じて韓紙をどのようにユネスコ世界文化遺産に登録することができるのかについて幅広い意見が収束されることを希望する」と口を開いた。


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1: LingLing ★2017/07/17(月) 20:57:51.81
■[韓国日報] 韓国が「スキー宗主国」であったという事実をご存知ですか

「雪の上で履く靴」を意味するスキーはノルウェーが宗主国として知られている。

ノルウェー語と英語のskid,skip,skiff,slide及びskateなどが語源で、数千年前から冬が長く雪が多い山岳地帯で歩行、狩猟、運搬の目的で使われており、北欧では戦争当時、重要な移動手段として利用されることもあった。

いわゆる「ノルウェースキー」は農民と猟師によって伝わった。1740年頃ノルウェー軍隊がスキー部隊を編成した後に活性化してスキー競技へと発展した。

1877年、ノルウェー・クリスチャニア(現在のオスロ)にスキークラブができて、2年後のハースビヒルで第1回ジャンプ大会が開かれた。

19世紀後半にはヨーロッパ各国に普及し、特にオーストリアでマティアス・ツダルスキーがアルプス山岳地帯に合うスキー技術を研究すると同時に、それに合う用具を開発することによって急激な発展を遂げた。

このようにヨーロッパからスキーが始まったとよく知られているが、1955年出版されたC.J. ルーターの「古代スキー歴史50年」に収められた図を見れば、スキーはむしろ韓国北東部と中央シベリアから全世界に伝わった経路が具体的に描かれている。

 
▽地図の一番上左端に描写された図は、アイスランドの神話に出てくるスキーの神であるウルの姿で、17世紀にラプランドゥンが描いたと言われる。
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スキーを履いて弓を撃つ場面で、スキーの左右の形と長さが違うように描かれているが、これは韓国のソルメの形と同様だ。韓国北東部の山間地方に古くから固有のソルメ(スキー)があるという説は多くの国で知られていた。

一方、日本の場合は1911年1月12日、オーストリア陸軍少佐のフォン・レルヒーからスキーを伝授されたと記録されている。

日本は、しかしながら韓国にも固有のソルメがあるということを知って探しに出た。

実際に翌年、当時植民地の韓国に駐留した日本軍のユカワ中尉が、咸鏡南道(※北朝鮮)ミンチョン所在の山あいの農家の倉庫でスキーを発見し、炭素年代を測定してみると、4世紀の時に木で製作されたスキーだと明らかになった。

▽1912年咸鏡南道ミンチョン所在の農家で発見されたスキー。炭素年代測定で4世紀に製作されたことが明らかになった。
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▽日本軍ユカワ中尉が咸鏡南道の山あいにある農家の倉庫からスキーを発見した後、記念撮影をしている。
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1: LingLing ★2017/07/12(水) 13:57:07.87
■扇子に描いた「韓国の趣」
釜山日報(韓国語)

タワーアートギャラリーで14日まで

合竹扇(ハプチュクソン)は高麗で最初に使い、中国、日本などに伝えられたものとして知られている。

私たちの先祖は、合竹扇に詩を書き込んで絵を描いたり、飾り結びなどをつけ、ここに趣が増してそれ自体が作品として評価された。

タワーアートギャラリー(釜山 釜山鎮区 田浦洞)で14日まで開かれる「韓国の趣、扇子-2017扇面藝術展」では、私たちだけの独特の文化として定着した扇子に描いた作品が見られる。

チョン・ウンジェ、コン・ヨンソク、パク・ヘンボ、ヤン・ジョンスクなど韓国画と書道、文人画の分野の34人とキム・ヨンテ、ソ・サンファン、キム・チュルゴン、ソン・ヨンソンなど洋画部門で4人など、全国から40人の作家が扇子画を披露する。

展示作品のうち、ヤン・テソクの「金剛山萬物像」は韓国画特有の淡泊な筆致で、金剛山萬物像の形を扇面に繰り広げる。 (中略)

タワーアートギャラリーは、国内で唯一、1987年から今年で31回目となり、年々ジャンルの幅を広げて扇子絵画展を開催し続けている。

キム・ヨンテ館長は「今回の展示は、昔のものについての意味を振り返ってみて、先人の知恵と趣を再吟味してみる良い機会になるだろう」と述べた。

ヤン・テソクの「金剛山萬物像」、タワーアートギャラリー提供
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http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=082&aid=0000722498

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