パクリ・起源捏造

5088943i1: 蚯蚓φ ★2017/01/13(金) 23:05:21.76
「コリアは再び浮上する」/オ・チャンギュ著、262ページ、1万5000ウォン

ひざを打たせる本だ。これまで知らなかった事実が随所にある。

「大韓民国」という主題だけを深く掘り下げてくみ上げた人文・歴史知識だ。今、洛陽の紙価を高めている「知的対話のための広くて浅い知識」と比べるなら「大韓民国のための狭くて深い知識」というか。

著者は32年目のジャーナリストだ。直接会ってみたら、あらゆることに好奇心を持つ。大韓民国全般に注目しないところがない理由だ。だから「狭くて深い」結果が出てきた。

著者はずっと「四季(気候)-花こう岩(土壌)-半島国家(気)」の3拍子に言及する。この3拍子がオーケストラを成して韓半島が「地球のカナンの地」になったと主張する。「5000種余りに達する自生植物」「韓国の土地だけで効力がある韓国高麗人参とイチョウの葉」など、韓半島が植物と薬草のデパートになった理由を3拍子に求める。

一度持ったら置くのが難しい本だ。「韓国の花である桜が日本の象徴のようになった」、「シルクの語源は『シル(韓国語で糸)』すなわち『シルクリ(糸巻)』で韓半島が起源だ」、「アリランの『アリ』は『大きな』、『ラン』は『土地』を意味し、アリランはすなわち大きな国、韓国を意味する」、「朝鮮の没落は抑商政策と三綱五倫に起因する。平民の服に色を付けられないようにしたのが(白衣民族)商業放棄を象徴する」等読み物があふれる。

キム・ピルス記者

ソース:ヘラルド経済(韓国語) 日本国花・桜の花は韓国の花だ
http://biz.heraldcorp.com/view.php?ud=20170113000366


元スレ:・【書籍】 「桜は韓国の花」「シルクは韓半島が起源」~大韓民国を狭く深く知るための『コリアは再び浮上する』[01/13]

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dsada1: 動物園φ ★  2016/12/18(日) 09:31:07.83
金銅観世音菩薩坐像、倭寇略奪の可能性に関する陳述出る
(大田日報)

忠清南道瑞山市の浮石寺『金銅観世音菩薩坐像』(観世音菩薩坐像)の国内返還のための公判
(※)で、金銅観世音菩薩坐像の『倭寇による略奪の可能性』を裏付ける陳述が出た。
(※仏像は現在、文化財庁所属の国立文化財研究所に保管中。それを浮石寺に寄越せという内容。 )

大韓仏教曹渓宗浮石寺が国を相手に出した有体動産引き渡し請求訴訟の4回目の公判が1日、大田地方法院(地裁)第12民事部(裁判長ムン・ポギョン)の審理で行われた。

この日、原告側証人としてキム・ヒョング元瑞山文化院長が出席し、高麗末から朝鮮初期に至るまでの期間中、瑞山・泰安地域を対象にした倭寇の侵入などについて述べた。

彼は「1982年に発刊された瑞山郡誌には倭寇の侵入一覧表が収録されているが、瑞山・泰安地域は1352年から11回にわたり倭寇に侵奪された」とし「その当時、海辺と近いところに位置していた浮石寺が無傷だったはずがない」と主張した。

それと共に彼は「また、通常、仏像を移動させる時には移安文が存在するが、日本観音寺にあった金銅観世音菩薩坐像では見られない」とし「これは善意でやり取りしたものではなく、倭寇による強制侵奪であることを証明するものだ」と強調した。

http://www.daejonilbo.com/news/newsitem.asp?pk_no=1241750

全文
http://specificasia.blog.jp/archives/1062817428.html


元スレ:・【韓国】「浮石寺の仏像は倭寇が略奪したもの」 証人が陳述

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5e7461441: 蚯蚓φ ★ 2016/11/04(金) 22:19:09.97
 (ソウル=聯合ニュース)我が国がユネスコ人類無形文化遺産登録を申請した'済州(チェジュ)海女文化'が「登録勧告」判定を受けました。登録勧告はひっくり返ることが殆どなくて済州海女文化は韓国の19番目の人類無形文化遺産になる可能性が高いです。

ところが済州海女が技術を伝授した日本の'アマ'が自分たちが'元祖'と主張し始めました。


済州島は10年以上前から済州海女の人類無形文化遺産登録を準備してきました。この過程で最大の脅威とされたのは日本の海女(ヘニョ)、‘アマ’でした。

済州海女文化は新石器時代の水遊びから始まったという程、歴史が古いです。済州海女の潜水技術は海外にも輸出されました。ところが済州海女から技術を伝えられた日本‘アマ’が自分たちが‘元祖’と主張し始めました。

私たちが海女文化は当然、韓国のものと考えて安住する間、日本は組織的に動きました。その代表が2013年のフランスメディア、ル・モンドの‘アマ’集中報道です。フランスのパリにはユネスコ本部が位置しており偶然と見るのは難しい事件でしょう。

ル・モンド報道翌年の2014年、日本三重県は‘アマ’を無形民俗文化財に指定しました。その後、日本はユネスコ登録を目標に‘アマ’を‘マーケティング’してきました。今年5月、三重県で開かれたG7首脳会議も日本は‘アマ’広報の場に活用しました。ドイツのメルケル首相の夫がG7首脳会議に参加した理由を「‘アマ’に対する個人的な好奇心のため」と話したほどです。

「世界の人々に愛されているのは元祖の済州海女ではなく日本の‘アマ’です。日本の‘アマ’は政府の支援を受けた各種マーケティングを通じてグローバル・ブランド化されつつあります」-イ・ソンファ済州道議員


済州海女はその数が急減しており、50代以上が95%を越えるほど高齢化が進みました。大変な上に社会的地位も高くない海女を職業とする若者がいないのです。日本の‘アマ’もその数が減っているのは同じ。しかし、生活の質は済州海女よりはるかに高いのです。昨年、ある番組で日本に行って‘アマ’になった済州海女が出てきました。彼女は月収が500万ウォン水準で専門職の扱いを受けると明らかにしました。

私たちが済州海女のユネスコ登録という‘実績’に拍手する時、世界の人々は済州海女を見て‘アマ’を思い出すかも知れません。危機の済州海女文化。今は海女文化の存在価値と意味を考え、これを元気に継続するための方案を探すべきではないでしょうか?

ソース:聯合ニュース(韓国語) <カードニュース>済州海女、ユネスコ登録が終わりではないでしょう
http://www.yonhapnews.co.kr/culture/2016/11/02/0901000000AKR20161102172300797.HTML
 

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1: 動物園φ ★ 2016/10/27(木) 08:36:04.63
イ・チャンボク理事長の設立した韓紙開発院 
日本の大阪で今月10~22日に韓紙文化祭開催

 「韓紙は、わが民族が1600年以上守ってきた誇らしい文化遺産です。韓紙の芸術的・商品的価値を、日本だけでなく全世界に広く知らしめ、第2の韓流商品として育てるべきです

 今月10日から22日まで、日本の大阪で「2016大阪韓紙文化祭」が開かれる。大阪は日帝強制占領期(植民地時代)に強制徴集された在日同胞が多く暮らしているところだ。民主化運動に献身したイ・チャンボク氏が理事長を務める社団法人韓紙開発院が主催するイベントだ。

 イ理事長は原州(ウォンジュ)韓紙の生き証人だ。原州は昔から韓紙の原料である楮(こうぞ)が地域の主産物だという記録が世宗実録地理誌にあるなど、韓紙の産地として知られた。一時は紙に色を入れた300種あまりの色付きの韓紙で有名だった。かつての名声を取り戻すために、イ理事長は2001年に韓紙開発院を設立した。その後、新進作家の発掘のために毎年大韓民国韓紙コンクールを開き、原州で韓紙文化祭も開催している。

 大阪韓紙文化祭は、韓紙を世界に広めるための国際交流事業の一環だ。韓紙開発院は2005年にフランスのパリを皮切りにドイツやイタリア、米国などで韓紙文化祭を開いた。大阪のイベントは8番目の国外韓紙文化祭だ。

 彼は「大阪には祖国を懐かしむ同胞が多く住んでいる。ところが、ここ数年間は韓流が下火になり、市場が萎縮しているという声を聞いている。韓紙文化祭が韓流拡散の新しい導火線になると期待している」と語った。

 彼は大阪韓紙文化祭を推進したもう一つの理由は、東洋の伝統紙といえば日本紙(和紙)と通じている現実を変えるためだと話した。「中国を通じて韓国に伝えられた紙を、高句麗の僧侶の曇徴(タムジン)が610年に日本に伝えたのです。その後、高句麗出身の高仙芝(コ・ソンジ)将軍によって再び西洋に伝播されました」。
彼は「世界各国の伝統紙と比べて決して劣らない競争力を持っている韓紙が、きちんとした評価を受けていない」と残念がった。

 大阪のイベントは韓紙ファッションショーや展示会、ワークショップなどで構成されている。開幕特別イベントとして準備された韓紙ファッションショーでは、国内で唯一3年連続でパリ・オートクチュール(高級オーダーメード服の博覧会)に参加したデザイナーのイ・ジンユン氏が現代ファッションの領域に広げられた韓紙の美しさを披露する。展示会では朝鮮時代の韓紙工芸の遺物や、遺物を現代的にアレンジした韓紙工芸作品、韓紙でつくる紙人形、造形品など34人の作家が参加した81の作品が展示される。ワークショップはセミナー形式ではなく、韓紙の紙人形作りや韓紙工芸品作りなど、直接韓紙工芸を体験できる方法で行われる。

 イ理事長は「記録を1000年以上保存することのできる韓紙は、1600年以上韓紙文化を守り発展させてきた韓国人の特性に似ている。大阪の同胞たちに祖国に対する自負心と郷愁を癒やすことができる機会になるだろう」と語った。

(社)韓紙開発院は10日から22日まで大阪で「2016大阪韓紙文化祭」を開催する。写真はイ・チャンボク韓紙開発院理事長=韓紙開発院提供//ハンギョレ新聞社
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http://japan.hani.co.kr/arti/culture/25310.html

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1: 転載したら抗議に行くよ@Ttongsulian ★
国内小・中学校の音楽教科書に日本民謡‘ボッコッ’(※桜)が収録されていて、ともすれば学生たちが桜を日本の国花と誤認する蓋然性が大きいという指摘が起きている。日本では国花に定められている花は無い。日本人が‘サクラ’と呼んで最も多く植えている桜は厳然に我が国が自生地である‘ワンボンナム’(※王桜)であるが、これを紹介している教科書はただ一ヶ所も無い。

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17日、大邱市教育庁が調査した‘音楽教科書に収録されているボッコッの現況及び内容’によれば、初等3~4年生対象の志学社教科書1種を含めて中学1年生対象である金星、斗山、天才など9種の教科書に‘ボッコッ’又は‘サクラ’という題目の日本民謡が収録されている。楽譜が載せられたページには着物を着て日本の伝統楽器である三味線を演奏する女の人の写真と日本の国旗及び地図、‘マツリ’(日本の祝祭)、ヒロサキ城(日本の昔の城)など日本を表す内容が関連して載せられている。このような内容を嶺南日報に提報した大邱カトリック大社会的経済大学院長であるチョン・ホンギュ神父は「日本のボッコッの歌が国内教科書に載せられる過程で我が国がワンボンナムの自生地という説明が全く無くて、学生たちがボッコッをともすれば‘日本の国花’や‘日本の花’と間違って理解する素地が多分にある」と指摘した。

ワンボンナムは済州島が唯一の自生地だ。済州島世界自然遺産管理本部によれば1908年4月14日フランス宣教師であるエミール・タケ神父が済州島漢拏山で初めてワンボンナムの標本を採集して欧州に送った。その後1912年、ドイツ人植物学者がこれを正式学名に登録して我が国がワンボンナムの自生地になった。

キム・チャンス国立山林科学院済州暖帯・亜熱帯山林研究所長は「ボッコッが着物、大阪城、富士山などと共に日本を代表している点と照らし合わせて現在国内音楽教科書の内容収録に問題があると判断される」とし「日本で最も愛されるボッコッが我が国から渡った花という点を成長する学生たちにきちんと教える必要がある」と話した。

一方、大邱市教育庁は最近このような内容を土台にボッコッの歌に対して交替の検討を教育部に要請した。

2016/10/17
http://www.yeongnam.com/mnews/newsview.do?mode=newsView&newskey=20161017.010010714250001

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1: LingLing ★ 2016/10/12(水) 21:54:33.40
■「韓日間の茶文化 歴史と根は同じだ」
晋州ヨンダム茶人会 韓日茶文化交流展 飛鳳楼で開催

晋州ヨンダム茶人会(会長チャン・インソン)と日本中津市表千家流が7日、晋州飛鳳楼で韓日茶文化交流展を開催した。


同日、茶文化交流展には日本表千家流でウラノクミコ、オモテトシコ、オオノセツコ、ハラダユキコなど4人の教授とヨンダム茶人会チャン・インソン会長、晋州茶人会キム・ゴンホ会長、オソン茶道院パク・クンジャ会長ら、内外から50人余りが参加した中、盛大に開催された。

イベントには日本のウラノクミコ教授が参加して日本の茶道文化を試演し、出席者に日本の抹茶と茶食を提供した。さらにヨンダム茶人会が準備した韓国の緑茶と茶食で接待し、両国の茶文化の特徴と差異がわかる機会となった。また同席したソン・ヨンヒョン詩人とウ・ホンジュ文人画家は即席で詩と文人画を試演し、日本使節団に親善交流の贈り物として進呈した。

ウラノクミコ教授は「台風で来られないかと心配したけれど、こんなに歓迎してくださりありがとうございます。 日本では室内で茶を接待するので、韓国でこのように開けたところで接待してみたら、一味違いよかった」と述べた。

晋州茶人会キム・ゴンホ会長は「茶道文化は隣人を待接する文化であり、人と人との間に良い関係を深め、これを守る手段」とし、「一杯の茶を大事にする心の中で、世界の色んな国の人々と心から生まれる平和があることを改めて考えるようになる」と述べた。

同行事を主幹したチャン・インソン会長は「2002年から続いてきた表千家流との交流を通じて、韓国と日本の茶文化には差があるが、歴史と根は同じ所であることを、茶人の一つになった心で知ることができた」とし、「これからも継続的な茶文化交流で民間文化使節の役割を果たしていくつもりだ」と述べた。

▽晋州ヨンダム茶人と日本中津市表千家流が7日、晋州飛鳳楼で韓日茶文化交流展を開催した。イ・ヨンギュ記者
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1: HONEY MILKφ ★ 2016/10/08(土) 17:22:53.53
韓国で1千年以上にわたって使われてきた「韓紙(ハンジ)」の魅力を紹介する「大阪韓紙文化祭」が、10日から大阪韓国文化院(大阪市北区中崎2丁目)と大阪国際交流センター(同市天王寺区上本町8丁目」で始まる。22日まで。

韓紙とはコウゾなどを原料に伝統の技法でつくられる紙。江原道(カンウォンド)・原州(ウォンジュ)市などでは今も職人が一枚一枚手ですいてつくっている。

紙づくりの技術は仏教とともに大陸から朝鮮半島を通って日本に入ってきたとみられている。


文化祭実行委の李昌珍(イチャンジン)さんは「韓国には『紙千年絹五百年』ということわざがあるくらい軽くて丈夫。現代的なセンスでつくられた作品などもぜひ見てほしい」と話す。

期間中は韓紙を使った工芸品の展示や韓紙人形をつくるワークショップなどもある。開幕に合わせ、10日午後4時からは同センターで韓紙を使ったファッションショーがある。観覧無料。詳細は(http://meijin.co.jp/event/2016/paperload/jp/別ウインドウで開きます)。(大貫聡子)

韓紙を使った工芸品
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さまざまな韓紙を貼り合わせたアート作品
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ソース:朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ9Y51TRJ9YPTIL00S.html

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5088943i1: LingLing ★ 2016/10/04(火) 22:37:25.09 ID:CAP_USER
■「K-Jongie Jupgi」<ジョンイジョプキ>を知らせる

(※Jongie Jupgi=ジョンイ ジョプキは、韓国語で「折り紙」。ジョンイは「折り、折ること」、ジョプキは「紙」。 )

・紙文化教育院、日本のオリガミに対抗
・コーラス祭 主流社会対象の広報行事

ワシントン紙文化教育院(院長ハン・キソン)が、1日と2日にタイソンズコーナーで開かれるコーラス祭で、老若男女誰でも参加できるジョンイ ジョプキの場を開く。


行事には、ジョンイジョプキ指導師範(キム・ミョンオク、チョン・ヨンギョン、チョ・ウニョン)および韓国日報文化センターの受講生が、韓国の伝統衣装である韓服と福巾着を参加者が直接折って持ち帰られるように手助けする。

午後2時から無料で行われる行事には多様な韓紙工芸品も展示される。

ハン・キソン院長は「日本のオリガミ(Origami)と知られているジョンイジョプキが、行事を通じて『大韓民国のジョンイジョプキ(K-Jongie Jupgi)』として、米国社会で広く知られるよう望む」と話した。


2003年に設立されたワシントン紙文化教育院は、これまで150人の指導師範を輩出し、ワシントン韓国学校協議会所属の学校で「ジョンイジョプキを通じた韓国語教育と韓国紙文化」を指導する先頭に立っており、公立学校の放課後プログラム、各学校で進行するインターナショナル・フェスティバルなどで韓国文化を教えている。

ソース コリアタイムズ(韓国語)
http://ny.koreatimes.com/article/20161002/1015066
 

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376183_336050_27241: LingLing ★ 2016/10/01(土) 01:24:01.04 ID:CAP_USER
[インタビュー] 茶道文化の生き証人シン・ウナク、茶を語る

「国内1世代茶人」ファジョン茶礼院シン・ウナク院長
・50年間、韓国茶の研究して知らせ
・日本茶道流派で正式に学ぶ
・1967年から茶文化運動開始
・高麗時代使用していた沙鉢あり
・国内茶の歴史、関心を得ることができず残念

「茶の真理を悟るのに、30~40年かかり弟子たちに教えてあげるのが楽しく80歳になっても教えています」

[天地日報=イ・ヒェリム記者] (省略...)

「一杯の茶には多くの人の苦労が入っています。茶を作るために、茶畑に出向き茶を育て、葉を摘んで製茶して、細雀・中雀・大雀に分けて包装します。陶芸家が茶盞を作るために24時間火を守りながら汗を流します。このように茶一杯のためには多くの方々の苦労を要します。」

蝉がひとしきり鳴いた8月、京畿道揚平郡楊西面ファジョン茶礼院で「茶」人生を過ごしてきたシン・ウンハク(80、女)院長に会って話を交わした。シン院長が運営するファジョン茶礼院の美しさは、都心の中で疲れた心を癒してくれた。

草木が青々と頭をもたげているこぢんまりとしながらも上品な庭付きの韓屋相心亭。ここで茶を飲めば心まできれいになりそうな気がするほどだった。

茶と共にした歳月ほどに真っ白になった髪をきれいに結ったシン院長は、健康状態の良くない身でありながら、ソウルから来た客人に茶を丁寧に迎えた。注意深く慎重な手を通して出てくる茶の香りはかすかながらも深かった。

韓国1世代目のシン・ウナク院長は半世紀もの間、伝統茶文化に光を照らし普及させた。彼女は日本茶道流派の一つである裏千家で正式な茶道を学んだ茶人である。

1937年に日本の大阪で生まれたシン・ウナク院長は大学で食品栄養学を専攻しており、日本赤十字社などに勤務した。

1962年に夫と出会い、1967年夫と共に韓国に定住した後に茶文化運動を開始した。

1968年、緑茶を淹れて飲むことや茶道基礎実技の普及および伝統茶の普及を図って、韓日国交正常化が始まる頃の韓日親善茶文化交流の先導もした。

この時期、飲料文化を発展させなければ、と決心をしたシン院長は新世界百貨店に「モカコーヒーハウス」を設立し、一般人には疎かったウィンナコーヒーと小豆かき氷を登場させた。

本格的に茶文化を研究したのは1971年、同じ日本出身の李方子夫人の招待で昌徳宮楽善斎で茶会を開いた後だ。

以降1982年にソウル鍾路区安国洞にファジョン茶礼院を開き、専門茶人を養成して抹茶法を研究して直接試演するなど、我が国の抹茶の発展と普及に大きな力を尽くした。 チョンジョン茶礼院イ・ジョンエ院長、ファミョン茶礼キム・ミョンリェ院長などが彼女の弟子だ。

度々、抹茶は日本茶だと見られていて、抹茶を紹介すると非難を受けることもありました。 実は、我が国は高麗時代から抹茶を飲んできました。私たちが作った茶文化が日本に渡ったわけです。

>>2以降につづく)

ソース ニュース天地(韓国語)
http://www.newscj.com/news/articleView.html?idxno=376183

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5088943i1: LingLing ★: 2016/09/21(水) 01:12:41.17 ID:CAP_USER
■「紙は楽しみ(Joy)だ」インドネシアでK-折り紙世界化ハンマダン
※Jongie Jupgi=ジョンイジョプキ(韓国語で「折り紙」)

現地韓流ファン・ハングル学校教師などで折り紙文化伝播

(ソウル=聯合ニュース)ワン・ギルファン記者=K-ポップやK-ドラマに続き、韓国の折り紙(K-Jongie Jupgi)をインドネシアに知らせる行事が来月初めに開かれる。

紙文化財団・世界折り紙連合(理事長ノ・ヨンヒェ)は10月1~4日、インドネシアの首都ジャカルタと第2の都市スラバヤ市で「2016ジョイ!大韓民国の折り紙文化 世界化祭典」を行うと20日明らかにした。

紙文化財団は英語で「楽しみ」という意味の「Joy」と発音が同じ「ジョイ」を生活化・標準化・口號化し、折り紙を世界に伝えている。

参加者たちは4日間折り紙作品を作って「韓国とインドネシアの国際交流に向けた第1回折り紙作品大会」に出品もする。

現地の子どもと韓人の子ども40人は別途進行する「大韓民国子ども折り紙マスター奨学教室」に参加する予定だ。

紙文化財団は行事に先立ち、30日にジャカルタのハングル文化院(院長キム・ソッキ)で、現地の青少年、大学生を対象に「キム・ヨンマン院長の希望と疎通のK-折り紙」というテーマの特講を用意する。受講生にはハングルと英語からなる「大韓民国折り紙講師」指導書と紙文化芸術関連の本を贈呈する計画だ。

今回の行事の主管はスラバヤで両国の文化芸術交流に向けた多様な活動を展開する国際文化センター(ICC・センター長キム・ボラ)とICCに新たに門戸を開いた紙文化財団・世界折り紙連合のインドネシア・スラバヤ支部が担当する。

ノ・ヨンヒェ理事長は「人口大国であると同時に海外韓流ブームが根強いインドネシアで、KポップとK-ドラマのように私たちのK-折り紙文化を広く知らせようとしている」とし、「今回の行事に参加するスラバヤ世宗学堂の大学生をはじめ、地元の教師、韓国語と韓国文化を指導する方たちが『大韓民国折り紙講師』になって、インドネシアで日本折り紙(Origami)に先立ってK-折り紙文化がより多く伝わることになるよう願う」と期待した。

紙文化財団は、米国、ドイツ、日本、モンゴル、ロシア、ニュージーランド、フィリピンなど17カ国43つの支部を置いてK-折り紙文化を伝えている。

(一部省略)

ソース 聯合ニュース(韓国語)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=001&aid=0008693483

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4968578i1: LingLing ★ 2016/09/07(水) 23:19:57.03 _USER
2日、大邱(テグ)中区毎日ビル8階で社団法人青い平和が主催し、大邱カトリック大学社会的経済大学院が主管した「カトリック生態フォーラム」が注目を集めた。

「エミール・タケ神父の王桜の兄弟たち」という主題で進められたこの日のフォーラムは、この1年間にエミール・タケ神父の功績を追ってきたチョン・ホンギュ神父が企画した席だ。

この日、主題発表をしたチョン・ウンジュ博士(江原大学山林科学部教授)は、桜の専門家として王桜の世界化について話した。


チョン博士は、植物を世界化して産業化するにはその木が由来した国と地域の人々の暮らしや文化を世界に知らせすることだとし、王桜の世界化のためには科学的技術とともに文化芸術的感覚、そして外交的な努力が必要だと強調した。

さらに、米国のアメリカン大学(AU)社会学科のルイス・グッドマン学長は、済州島王桜が日本に渡って日本の園芸師達によって増殖されて、今から100年前に更に米国に渡って米国首都ワシントンD.C.のタイダルベイスンの湖畔に王桜通りが造成された事実に言及し、王桜が持っている韓国・米国・日本間の歴史、政治外交的・文化的価値について言及した。

アメリカン大学は我が国の王桜と非常に縁の深いところだ。2011年4月、アメリカン大学の校庭には「韓国庭園」が造成されたが、王桜の自生地の済州市奉蓋洞にある天然記念物王桜から増殖した王桜などを植えた。

太平洋戦争の真っ最中だった1943年4月8日、李承晩博士が、桜の原産地は韓国であることを主張してアメリカン大学に4本の桜の木を植えたが、その木こそが済州産王桜だ。

また、パク・ソンジュ嶺南大学教授(生命科学科)は、これまでDNAフィンガープリンティング技法を活用してエミール・タケ神父がカトリック大邱大教区庁に植えた王桜をはじめ、羅州老安聖堂と馬山聖旨女子高の王桜が、王桜の自生地である済州奉蓋洞王桜と遺伝的に一致するということを突き止めた。チョン神父と済州島などを何度も行き来しながら現地を確認してサンプルを採取して得た結果だ。

パク教授はまたタケ神父が済州島で植物標本を採取して欧州に送って登録した事実など、植物学者としてのタケ神父の活動状況を掘り出している。

この日のフォーラムに出席した人士たちと王桜の権威者であるキム・チャンス博士など、いわゆる「王桜の兄弟たち」が作っていくストーリーへの期待は日増しに高まっている。

パク・ジョンムン教育チーム長

ソース 嶺南日報(韓国語)
http://www.yeongnam.com/mnews/newsview.do?mode=newsView&newskey=20160907.010310820390001


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htm_20160831133317329027_99_201609010626091: LingLing ★ 2016/09/04(日) 02:10:38.88 _USER
[gift] 大韓民国代表清酒、茶礼酒にぴったり

ロッテ酒類が名節(祝祭日)のギフト用に72年の伝統を持つ大韓民国代表清酒「白花壽福」を披露した。

「長生きしていつまでも福を享受しなさい」という意味を持った白花壽福は、もらう人への健康と幸福を祈る心が込められた我が国の代表清酒。国産米を100%原料として低温発酵工法と熟成方法を適用し、清酒特有の柔らかくすっきりとした味が際立つ。

ロッテ酒類関係者は「米の外皮を30%削り出し心を込めて醸成された白花壽福特有の深い香りと豊かな味わいで、冷やして飲んでも良し、温めて飲んでも良し、ご祖先様に捧げる祭礼用または秋夕の贈り物用に最適」と述べた。

名節茶礼用やギフト用の白花壽福は、製品の容量が700ml、1リットル、1.8リットルと3種ある。利便性や用途に合わせて選ぶことができる。消費者価格は一般的な小売店の基準で、700mlは5200ウォン、1リットルは7000ウォン、1.8リットルは1万1000ウォンだ。

清酒は米で作った醸造酒で、漢字の意味そのまま清い酒をいう。日帝強占期を経て清酒が日本式表現である「正宗」と呼ばれ、日本の伝統酒として知られている。

しかし、清酒は我が国伝統の酒だ。日本の古事記に「応神天皇の時(AD 270~312年)、百済人の仁番が日本に渡って清酒の製造技術を伝授した」という記録が伝わる。


ロッテ酒類の関係者は「白花壽福はご先祖様に捧げる清酒であるために厳選した米から心を込めて醸成した製品」とし、「価格も5000ウォン台から1万ウォン台まで多様で経済的な製品となっているので、祝祭日の朝、家族全員が一緒に茶礼を過ごし飲むのに良い酒」と言い添えた。 (後略...)

※茶礼
陰暦の毎月一日・十五日、民俗的な節日及び祖先の誕生日などに行う簡略な祭祀

ソース 中央日報(韓国語)
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=102&oid=025&aid=0002640708

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1: 蚯蚓φ ★ 2016/08/25(木) 20:37:34.80 _USER
来月封切りを控えた国産アニメ‘月光の宮殿’予告篇が公開されるとすぐに一部で日本の有名アニメ‘千と千尋の神隠し’と類似点が多いとして憂慮のこもった視線を送っている。

▼月光の宮殿(左)、千と千尋の神隠し(右)
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‘月光の宮殿(監督キム・ヒョンジュ)’は昌徳宮(チャンドックン)を背景に広がる宮廷ファンタジー史劇アニメーション。13才の少女、ヒョン・ジュリが昌徳宮の中の幻想世界、月光の宮殿に入って神秘的な冒険を体験するという内容だ。

MBCがソウル市傘下機関のSBA(ソウル産業通商振興院)と共同で作品を選定、投資して製作段階から大きな期待を集めた。最近、予告篇が公開されるとすぐに一部ネチズンは日本の宮崎駿監督の‘千と千尋の神隠し’と類似した点が眼に触れると指摘して‘盗作論議’がふくらんだ。

2001年の作品‘千と千尋の神隠し’は10才の少女、千尋があらゆる精霊が集まる温泉場で体験する冒険を描いた。最近、英国BBCが選定した‘21世紀の最も偉大な映画100編’の4位に名前があがった。

‘月光の宮殿’が‘千と千尋の神隠し’に似ていると主張する彼らは、二つの作品が少女の冒険を扱った話という点の他にも類似点が多いと指摘する。助力者の少年と意地の悪い魔女のような悪役が登場する点、龍に乗って飛ぶなどの設定、一部のキャラクターデザインと背景、構図、描写などがだいぶ似ているように見えるという。

これに対しキム・ヒョンジュ監督は24日、マスコミ試写会で「似ている点はどこか、逆に質問したい」として「普通の少女が主人公で、ファンタジー世界に入って冒険して、竜が出てくることだと言うんだ。こういう要素だけでは似ているとは見られない」と反論した。

彼は「韓国社会では2Dアニメに出会うのが大変で、私の様な大衆的絵柄だったら、そんな誤解を受けることもあると思う」とした。

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1: 荒波φ ★ 2016/08/04(木) 09:38:28.48 _USER
世界的に人気となっているスマートフォンゲームアプリ『ポケモンGO』。アジアでは日本や香港でリリースされており、中国や韓国では未だにリリースされていない。

そんな韓国ではリリースされていないのに熱狂的なファンが多く、モンスターが出現すると話題になっている地域、束草(ソクチョ)に足を運ぶ人が絶えない。

そんなリリースが待たれる韓国で『ポケモンGO』そっくりなゲームが開発されていた。ハフストーン社が開発した『モンタウォーズGO』というゲーム。


同社の説明にとると拡張現実であるARと、モンスターをコレクションする画期的なオリジナルゲームだという。
位置情報も取り入れており、実際の地図を移動しモンスターを捕まえる要素もある。

地図上には稀にモンスターが現れ、モンスターをタップすると戦闘となりそのモンスターを捉えるのが目的。またモンスターの他にタワーと呼ばれるスポットも存在しそこに訪れるとアイテムが入手可能。

しかしインターフェイスが『ポケモンGO』に激似なのだ。

左下は主人公のレベルと現在の経験値、右下はこの周辺に居るモンスターとモンスターまでの距離。つまり『ポケモンGO』を丸々コピーしたような作りである。

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125207053458216307298_DSC_04561: LingLing ★ 2016/07/29(金) 20:51:43.73 _USER
■「情熱のパボチュム※」、日本トクシマアワオドリ舞祝祭
(※パボ=阿呆・馬鹿、チュム=踊り・舞)
ソク・ヒョンス中央(チュンアン)大学校アートセンターアートディレクター

祭りとは何か?祭りは奇跡が起きる所であり、若さと喜び、希望が共存する所、音楽に身を任せて踊って歌いながら逸脱してみれば日常のストレスが全て消える夢と歓喜の空間が、祭りだ。

しかし、我が国にはロックフェスティバルや花火祭りのような外国文化、巨大資本が投入されるイベント性の祭りのみで手一杯なだけだ。

だからなのだろうか?筆者には14年前、赤Tシャツで赤い悪魔になって大韓民国の夏を喉が裂ける「大~韓民国」を叫んだ2002年ワールドカップ応援祭りの思い出がまだ生々しく残っている。

<阿波踊りの人気>

日本には30万を超えるのマツリ祭り(祝祭)がある。 その中で筆者が直接体験した阿波踊り、別名阿呆踊り祭を紹介したい。ほかならぬ「徳島阿波踊り」のことだが、毎年8月になると、日本列島は阿呆踊りの熱気でいっぱいになる。

徳島県最大の伝統祭りである阿波踊りは400年以上の歴史を持っており、現在、各地方の重要行事として定着したのはもちろん、外国でも公演の要請が年中殺到しており、ブラジルのリオデジャネイロ(Rio de Janeiro)カーニバル以上に情熱的だという独自的な評価を下すほど、ここの人々の自負心は相当だ。

毎年8月12日から15日までの四日間開催されるこの祭りは、全国から集まった1000万人(?)を超える人々でいっぱいになり徳島市内はまさに「興奮のるつぼ」と化する。この祭りで最も特異といった点を挙げれば、それは「連」である。連は徳島阿波踊りに参加するチームを指すが、この時期になると徳島県はもちろんのこと、全国的になんと1000以上もの連が参加を申請している。(省略...)

<阿波踊りの舞>
参加チームを選抜するための予選は一ヶ月前から徳島県で開催される。 予選時期から徳島県はお祭りムードで沸き立ち始める。一ヶ月間の予選期間を経た後、選抜された20の連は徳島市内の幹線道路を封鎖して設置した舞台で阿波踊り競演大会を繰り広げる。日本人特有の爽やかな服を着た参加者は単純なリズムに合わせて手の動きを主とした阿波踊りをしながら道路を行進する。

(日本の踊りは概して手を頭上で上げるケースがほとんどないのに、異例的に徳島阿波踊りが手を頭上に上げて踊るのは、壬辰倭乱当時に引かれてきた韓民族の踊りが由来ではないのだろうかという推測もある。 現在は我が国の舞踊家キム・ミョソン先生チームが毎年韓国を代表して参加している。) (中略)
 

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