韓国メディアの異常報道

1: ねこ名無し ★ 2016/07/08(金) 09:38:51.13 _USER3f04bb504813a8cc0126d16eab2b9389
欧州連合(EU)はブレグジット(英国のEU脱退)で危機を迎えた。国際経済一般、その中でも国際金融の危機だ。理念的には新自由主義・グローバル主義・多文化主義の危機としてもよく理解される。英国や韓国のような個別国家も国際社会も共に波打った。

見逃してはいけない別の次元がある。ブレグジットは「地域主義(regionalism)の危機」だ。地域主義は国家内部にもあり、国際社会にもある。国家内部の地域主義の代表的な事例としてはカナダのケベック、英国、スコットランド、スペインのカタルーニャが浮上する。韓国の嶺湖南(ヨンホナム)地域主義も同じ範疇に入る。「忠清道(チュンチョンド)待望論」には本格化する可能性がうかがえる「湖西地域主義」が潜在された。

国際的レベルの地域主義は同じ地理的・文化的アイデンティティを基に繁栄・安保のような共同目標を追求するためにEUのような制度・機構を作って国家を超えた国際地域レベルの利益を図ることをいう。

地域主義の土台に敷かれていたのは「国も重要で国際社会も重要だが、ひとまず私たちで1つになってみよう」という現実感だ。「私たちか他人か」という一言で要約されることができる。血は水よりも濃い。「私たちは英国人である前に、みな同じスコットランドの人間だ」「私たちは世界人である前にみな同じヨーロッパ人だ」と1つになることの呼び掛けは「私たちはみな同じ韓国人だ。英国人だ」といった民族主義スローガンを双方で威嚇する。国家は内外から挑戦を受けている。事実、国家でも政党でもすべての政治単位はいつどのように解体されるのか、あるいは飛躍するのか誰にも分からない。

「悪い」地域主義は民族国家や国際社会に害を及ぼすことができる。今までEUはおおむね「良い」地域主義を実践した。民族主義とグローバル主義の間で緩衝役をした。

欧州人は自分たちが成就したEUだという和合と統合の連帯をとても自慢していた。自分たちの地域主義を世界へ「輸出」するために努力した。EUは東南アジア諸国連合(ASEAN)、南米国家連合(USAN)、アフリカ連合(AU)など自身の予備的な似たような形と関係を活性化した。あらゆる支援を惜しまなかった。

EUは国際関係(international relations)で一方主義や多国主義に劣らず重要な流れである「国際地域間関係(inter-regional relations)」を先導する。EUは氏族国家→部族国家→民族国家という巨大な歴史的流れで自然な次の段階を表象すると理解できる。疑いの目で見ることもできる。ブレグジットという一撃にあったが、EUはもしかしたらローマ帝国の現代的な復活だ。「多文化主義国家の仮面をかぶった人種国家」に向かって疾走しているかもしれない。帝国主義や人種主義に失墜する可能性が今なお残る。

だがEUという政治実験はいくらでも良い方向に発展できる。いくつかの連合(unions)が形成する全地球的な意志決定体制はいくつかの強大国が思うままにする国際関係よりもはるかに民主的だ。ひとまず連合内で意見を取りまとめた後、ほかの連合らと協議に入るのが道理にかなう。

ややもすると人工知能(AI)と気候変化が呼び起こす危機のために地球と人類が滅びる時代になった。どんな個人・一族や国家や大企業がいくら多くの富と権力を蓄積しても、世の中そのものが消えてしまえば何の意味があるだろうか。国家と市場をこえた意志決定の構造が切実な時代だ。いつかは世界政府・世界国家ができるかもしれないが、現在としては「国際地域間の関係」が可能性の高い代案だ。

ブレグジットは果たして一過性のハプニングで終わって世界は「EUとその兄弟たち」として再構成されるだろうか。それならば韓日中は「北東アジア連合」の道に入るほかはない。
>>2以降に続く)
 
http://japanese.joins.com/article/034/218034.html

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1: 動物園φ ★ 2016/07/08(金) 06:21:07.94 _USER
60周年を迎える大韓民国の美の祭典、ミスコリア選抜大会が目新しい魅力で夏の夜を彩る。「2016ミスコリア選抜大会 with Incoco」が8日午後8時、慶煕大平和の殿堂で派手な舞台の幕をあげる。

http://news.nate.com/view/20160708n01224?mid=n1007

ミスコリア候補34人 
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元スレ:・【韓国】ミスコリア候補34人が出そろう

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5088943i1: 蚯蚓φ ★ 2016/07/01(金) 19:49:24.79 _USER
東亜日報 2016/7/01

「ヘル朝鮮」の中では理解し難いだろう。外では韓国を羨んでまねようとする国々が少なくない。特にアフリカ開発途上国の間に‘韓国ワナビー(Wannabe・似ていたがる)現象’は明確だ。
これらの国は経済・産業はもちろん、健康保険、環境汚染物質管理、交通インフラ構築など保健と環境分野でも韓国をベンチマーキングしたがる。自国の未来の責任を負うべきエリート公務員に韓国で教育を受けさせようとする国も多い。

彼らにとって日帝強制占領期間と6・25韓国動乱(朝鮮戦争)を勝ち抜き、民主化と経済成長を成し遂げた韓国はロールモデルであると同時に知識とノウハウを広報できる課外教師に他ならない。

先月、朴槿恵(パク・クネ)大統領のアフリカ訪問を契機に出発した‘コリアエイド(Korea Aid)’も開発途上国と国際機構の少なからぬ関心を受けている。コリアエイドは韓国の事実上初のアフリカ公的開発援助(ODA)事業だ。

記者はパク大統領のアフリカ歴訪(エチオピア、ウガンダ、ケニア)のうちエチオピアとウガンダに行ってきた。世界銀行が主導する韓国型緑色ODA現場を取材するためだった。コリアエイドに対する現地公務員や国際機構関係者たちの意見も聞くことができた。

遅れた地域を訪れて保険(移動検診車両)、食品(フードトラック)、文化(文化・映像トラック)サービスを提供するコリアエイドの方向については新鮮な試みという評価が多かった。移動検診車両を通じて女性の健康、特に少女たちの健康を管理する計画にも過分な点数が得られた。しかし、車両を利用して遅れた地域を回るODAは効果が制限的で見せるイベントに近いという感じがした。

製造業育成に積極的なエチオピアの公務員たちと国際機構関係者たちは「私たちは科学技術に関心が高い」と言う。科学技術関連内容がコリアエイドに含まれないのが残念という話だった。エチオピアは韓国の科学技術育成ノウハウを習うのに熱心だ。この国の理工系最高名門大、アダマ工科大学(ASTU)とアジスアベバ科学技術院(AAiT)の総長はどちらも韓国人だ。

二つの大学は公然と‘アフリカのKAIST’を標ぼうする。ウガンダで会った公務員たちは「仁荷(インハ)大アジア太平洋物流学科はどれほど人気があるか」と言って学科の名前まで知っていた。韓国の過去と現在の経済政策と科学技術成長の過程をよく知る元老教授らが助けてくれたら良いという人々もいた。

韓国のODAは北米、ヨーロッパ、中国に比べて規模が小さくて歴史も短い。限定された資源で効果を出そうとするなら細かい戦略が必要だ。これから進められるコリアエイド事業では恩恵国が何にのどが渇いているのか、正確に把握した後に、これらののどの渇きを解消しなければならない。

コリアエイドというブランドに対する認知度が高まって‘韓国ワナビー’もより一層多くなるだろう。

イ・セヒョン国際部記者 

ソース:東亜日報(韓国語) [@ニュースルーム/イ・セヒョン]アフリカの‘韓国ワナビー’ら
http://news.donga.com/Main/3/all/20160701/78961478/1
 
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1: 蚯蚓φ ★ 2016/07/01(金) 20:53:40.42 _USERbandicam 2014-09-02 11-31-41-136
‘日本軍’の韓半島派兵を防ぐには
ハンギョレ新聞

朝鮮戦争真っ最中だった1951年、米国極東軍司令部が日本の警察予備隊を米地上軍と同じ水準で育成し6個師団を新しく追加して韓国戦線に投じようと提案した。日本が当時、こっそりと掃海艇や日本人要員を韓国戦線に派遣した事実が後に明らかになったが、万一、その程度ではなく、事実上の日本正規軍6個師団が朝鮮戦争に派兵されていれば、日本は十七カ国目の参戦国になっただろう。

ソウル大日本研究所のナム・キジョン副教授が著書<基地国家の誕生:日本が行った朝鮮戦争>(ソウル大出版文化院編集)で引用した日本戦時研究者、佐々木隆爾(ささき りゅうじ)の‘前方支援もありえた日本の後方支援’(1999)に出てくる内容だ。

米国務部の拒否で実現しなかったが、万一、提案通りになったとすれば日本はその時、すでに安倍晋三政権が今追求している‘普通国家日本’になったわけで、朝鮮戦争は米国-中国戦争を経て1931年、日帝の満州侵略以後続いた中国-日本戦争の裁判になったかも分らない。

そうなっていれば1894年、日本が東学農民戦争に介入して虐殺を日常的に行い、清日戦争まで起こしてこの土地を荒地にした後、結局、韓半島併呑と満州・大陸侵略に進んだ戦争の惨劇が東アジア戦争、さらに進んで第3次世界大戦に飛び火した可能性が濃厚だ。

朝鮮戦争が長期化し、当時、日本では右翼、軍出身者など、保守政治家、さらに社会主義者まで日本再軍備を主張していた。米国務部内にも日本の再武装と韓半島・満州再掌握がソ連の膨張を防ぐ唯一の道という主張まであり、第4次韓日会談日本代表、澤田廉三(さわだ れんぞう)のごときは朝鮮と満州‘回復’がご先祖の意を敬うことだと大声を上げた。

第3次大戦への戦争拡大の可能性のため、米国務部はその提案をとても採択できなかったのだろう。それで日本は米国が強要した‘平和憲法’体制下の‘平和国家’としてずっと存続することができた。平和憲法の要諦は軍事力保有と戦争放棄を明示した憲法第9条だ。安倍政権はこの第9条を廃棄したり変えようとする。これは彼の母方の祖父でA級戦犯、岸信介の遺志でもある。

ところが、平和国家日本の実状は‘基地国家’であった。<基地国家の誕生>はそれを論証する本だ。朝鮮戦争の時、日本は韓半島に出撃する米軍の前進基地、兵たん基地、中継地であって、後方基地になって事実上、戦争に積極的に加担し、‘朝鮮戦争特需’で経済再建にも成功する。

こういう基地国家としての日本の役割はその後、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン・イラク戦争へと続く。米国の世界戦略と戦争らに核心基地の役割を果たしながら戦争特需を享受してきた日本を平和国家といえるだろうか?それは基地国家という‘現実を上書きして隠す理念’とか‘現実を否定するための理念’にすぎないのではないのか?

基地国家の土台の日本‘平和憲法’にノーベル平和賞を与えようという運動は再考が必要かも知れない。冷戦が終わった後、その裏に隠れた朝鮮戦争休戦体制がまた前面に登場し、「統一もなくて戦争もない」という韓半島現状維持を前提とした日本基地国家体制が揺れている。安倍政権の登場はその兆候であり帰結だ。米国が日本軍の韓半島投入をいつまでも拒否する保障はない。

韓半島が再び戦場になるのを防ぎ、日本基地国家体制を解体する有力な道は韓半島の平和体制への転換と分断解消だ。

ハン・スンドン本知性チーム選任記者 

ソース:ハンギョレ新聞(韓国語) ‘日本軍’の韓半島派兵防ぐには
http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/750507.html


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1: LingLing ★ 2016/06/28(火) 19:44:16.70 _USER
■伝統技術蘇らせ、国際競争力育てる

<アンカーコメント>
歴史的に世界最高あるいは世界初だった私たちの伝統技術が現代に至るまでに発展できず、伝統文化程度にとどまった場合が多いですよ。

最近、優秀な伝統技術に先端科学を携え、新しい高付加価値製品を作ろうとする努力が続いています。チェ・ゴニル記者の報道です。

<レポート>
伝統剣に穏やかな波模様が続きます。鉄の塊を数千重打って作った古代鍛接方式に従いました。

私たちの伝統技術ですが、日帝強占期に命脈が切られました。その一方、技術を伝授された日本は名品の日本刀や厨房用刀(※キッチンナイフ)を製作して世界市場を牛耳っています。

遅くなりましたが、私たちも伝統技術を現代化させ、世界市場に挑戦状を投げました。

<インタビュー>
ハン・チョンウク(伝統刀剣匠人):「立派な製鉄技術である鍛接方式の技術が、KIST(韓国科学技術研究院)と重なり、立派な鋼鉄を生産して、そのような鋼鉄で厨房刀や生活用品を...」

3Dプリンティングに使用される材料のフィラメントが作られています。従来のプラスチック材質の代わりに天然伝統素材である檜の粉を活用して木の風合いがする環境にやさしい製品を作りました。

耐久性に優れ、人体に有害な成分がないため、従来の製品より高く売れます。伝統素材を活用した方法はさまざまな側面で試されています。

<インタビュー>
イ・ホンジュ(韓国科学技術研究院の博士):「土とか樹木とか稲がら、こんな素材を用い、漆基盤で抽出した伝統接着剤を使って3Dプリンティング用建築用素材を作ることができます。」

私たちの伝統文化資源が先端科学の服を着て世界舞台に挑戦しています。

http://livedoor.blogimg.jp/gensen_2ch/imgs/e/2/e295abcd.jpg

KBSニュース、チェ・ゴニルでした。

ソース KBSニュース(動画あります)
http://news.kbs.co.kr/news/view.do?ncd=3302334

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dsada1: 動物園φ ★ 2016/06/26(日) 21:47:51.22 _USER
「爆弾は真っ先に日本に落ちた」 韓国、それでも気になる隣国

英国の国民投票結果が出た24日、ソウルの株価表示ボードの前で記念撮影をする高校生(AP)

 英国の国民投票で欧州連合(EU)離脱派が多数となったことをめぐり、韓国でも経済の先行きについての懸念が多く出ている。そんななかでも気になるのが、日本のことだ。「アベノミクスの危機」などと報じられている。

 朝鮮日報電子版は「英国が放った『EU離脱』という爆弾は、真っ先に太平洋を越えて日本列島に落ちた」とし、円高が日本経済に与える打撃の大きさを表現。
「安倍晋三首相が4年間にわたり200兆円を費やして作った円安が、たった4時間で『元の木阿弥』となった」と報じた。

 同紙はまた、造船や海運業界などの「お先真っ暗」とする嘆きを伝える一方、英国に生産拠点を置く日本メーカーより打撃は少ないとの見方もあるとし、現代自動車関係者の声として「トヨタ・ホンダより有利」などと報じた。

 また中央日報(同)も、「日本は金融緩和、財政拡大などを前面に出したアベノミクスを施行中だ」とし、「ブレグジットで円が急騰し、アベノミクスが危機を迎えている」と解説した。

http://www.sankei.com/west/news/160626/wst1606260041-n1.html


元スレ:・【韓国】韓国紙「英国が放った『EU離脱』爆弾、真っ先に日本列島に落ちた」

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s-uid000002_2010081911292609504f4c1: 動物園φ ★ 2016/06/22(水) 17:08:33.59 _USER
2016年06月22日10時26分
[中央日報/中央日報日本語版]

「これでいい」。先月7日、釜山市機張郡(プサンシ・キジャングン)の国立水産科学院ウナギ養殖研究室。2008年からウナギの完全養殖の研究をしてきた研究陣10人余りは歓声を上げた。受精卵をふ化させてシラスウナギに育てた親魚から第2世代10万匹が生まれる瞬間だった。

これで韓国が日本に続き世界で2番目にウナギの完全養殖に成功した国になった。日本が人工ふ化から完全養殖まで36年かかった研究期間を韓国は5分の1の8年で実現した快挙でもあった。


完全養殖というのは受精卵からふ化させた仔魚を育てて再び受精卵を生産するようにする技術をいう。天然ウナギなしに人工ふ化したウナギだけでずっと養殖をつないでいける技術だ。

韓国の水産養殖専門家たちは1970年代に国内技術者が日本から苦労して半導体技術を学んできた過程を同じように体験しなければならなかった。4兆ウォンに達する世界のウナギ市場の中で70%を占める日本は、1800年代から養殖技術の開発を始めて2010年に完全養殖に成功した。苦労して成功しただけに日本のウナギ養殖技術のセキュリティーも徹底していた。


92~97年に東京大学で水産物繁殖技術を学んできたキム・デジュン国立水産科学院研究員(50)は「大学のウナギ研究チームに外国人は入れてくれなかった。ちょうどウナギをテーマに論文を書いていた日本人の同期を助けながら技術を習得できた」と話した。

キム・シングォン国立水産科学院研究員(45)はそれなりに運が良かった。済州(チェジュ)大学で養殖飼料を専攻したキム研究員は東京海洋大学で修士・博士過程を終えた後、ウナギの養殖研究を総括する日本水産総合研究センターに入ることができた。彼は「ちょうど飼料を集中的に研究する職員を選んでいた。技術を伝授してくれた教授も『韓国と台湾でも成果が出てくれば日本も善意の競争ができる』と好意的だった」と話した。

しかしキム・シングォン研究員が韓国に戻って2012年に受精卵からふ化させたウナギの幼魚を変態直前まで育てたという成果が相次いで発表されると、日本政府は直ちに技術流出阻止に出た。彼が勤めていた水産総合研究センターの外国人共同研究を最初から禁止させた。このためウナギの仔魚を育てる飼料は独自開発するほかはなかった。 (続く)

http://japanese.joins.com/article/262/217262.html


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5093430i1: ねこ名無し ★ 2016/06/12(日) 10:34:51.40 _USER
 今月初め、ルワンダの日刊紙「ザ・ニュー・タイムズ」には在外韓国人画家オ・ヨンスク氏が首都キガリで開いた個展のニュースがかなり大きく掲載されていた。展示が行われたホテル「オテル・デ・ミル・コリン」は22年前に100万人が犠牲になったルワンダ虐殺で、フツ族の副支配人がツチ族約1000人をかくまった所だ。映画『ホテル・ルワンダ』の舞台としてもよく知られている。開幕レセプションには文化省・青少年省・通商省など主要部門の閣僚が来た。この展示会はアフリカにおける韓国の地位を示す一端だ。

 朴槿恵(パク・クネ)大統領の先日のアフリカ訪問をきっかけに、アフリカ内の韓流の実態を見てみると、その幅は予想よりも広く、現地住民に与えた影響も大きかった。ヨーロッパでは韓流が「新しい文化」であり、アジアでは「隣人の新たな面の発見」であるとすれば、アフリカには「ジャンルを問わない教科書」というところだろうか。コンゴ民主共和国の農村「チュエンゲ」で、新しい車道をきれいに整備し、丈夫な堤防ができた村のあちこちには韓国国旗「太極旗」や、韓国の地域開発運動「セマウル運動」を象徴する「セマウル旗」がなびく。壁にはグラフィティー(落書きアート)のようにセマウル旗が描かれ、住民たちは「セマウル」と書かれたベストを着て歩いている。2011年、韓国政府がセマウル運動による開発方式を伝えてから4年にして、貧しい農村がミネラルウォーターを販売して金を稼ぐ自給が可能なコミュニティーに変わり、住民たちは「セマウル信者」になった。

 同国の東側にあるタンザニアは「医療・観光韓流」ブームに沸いている。韓国国際協力団が運営するチャニカ母子保健病院が今年4月に着工された時、母親や新生児の死亡率を引き下げられると期待した住民たちは踊って喜んだ。世界的な観光地セレンゲティ国立公園の古びた観光案内センターも韓国が新しくする。サバンナの雄大さに韓国的な建築美を融合させたデザインに生まれ変わって再来年ごろ、お目見えする予定だ。

 ジンバブエ最大の日刊紙「ザ・ヘラルド」は先日のコラムでは、アフリカの韓国愛を表現したアフリカ連合(AU)議長の言葉を次のように引用した。「韓国とアフリカの国々はほぼ同じ時期に独立したが、50年間に成し遂げた業績は違う」。貧困脱出が急務となっている大多数のアフリカの国々にとって、弱小国として独立し、戦争と政治的混乱を乗り越えて急成長を成し遂げた韓国ほど教科書的な国はないというのだ。

 これらの国々もある程度、経済的成長を達成すれば、次は政治的・社会的熱望が強まるだろう。朴大統領が訪れたケニアを例に取っても、国家非常事態が宣言された状態にあり、コンゴ民主共和国やモザンビークなども政情が不安だ。比較的安定しているルワンダ・タンザニアも開発独裁に対して国内外の懸念がある。これらの国々の民主化についても、成功した韓国のモデルは参考になるだろう。

 しかし、アフリカの韓流が次章でもまだ教科書になれるかどうかは確信がない。低成長の沼に陥った経済、世界最低水準の出生率、ますます効率が下がっている政治リーダーシップなどが変わらなければ、韓国は「教科書」どころか「反面教師」になってしまうかもしれない。韓国政府が華々しく発表した今回のアフリカ訪問の成果のベースには、韓流の未来が今、何をどうするかにかかっているという切迫した状況があるが、実はそれこそ表に出して掲げなければならない旗印なのだ。
 
国際部=鄭智燮(チョン・ジソプ)記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/06/10/2016061001757.html


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5088943i1: 動物園φ ★ 2016/06/07(火) 19:26:34.43 _USER
韓経:【寄稿】韓国を「国際仲裁ハブ」にしよう
2016年06月07日10時35分 [韓国経済新聞/中央日報日本語版]

韓国は貿易規模が年間約1兆ドルに達する国際取引大国だ。貿易に関する紛争もそれだけ多く発生する。

国際紛争の解決方法の中で最も効率的なのが「仲裁」と言える。国際紛争が発生すれば、紛争当事者国ではない第3の法廷で公正かつ中立的な解決を図ることができるというのが仲裁の最大の強みだ。仲裁判定の執行も「ニューヨーク協約」によって世界的に保障されている。今や国際仲裁が単純な商社取引の紛争の解決だけでなく国境を越える投資についての紛争解決のためのいわゆる「投資家・国家紛争解決(ISDS)」手段としても活用されている。

これに伴い韓国は、地理的な利点と高い経済開放性などの長所を生かして「仲裁のハブ」への飛躍を模索する必要がある。国際仲裁に精通した仲裁専門家を育成し、仲裁手続きの円滑な進行のための施設も備え、仲裁手続きを公正かつ中立的に進める能力があることを知らせるなど全方向的な努力が必要だ。また韓国の仲裁法を国際的に公信力のある水準に整備しなければならないが、これは急変する国際仲裁の環境と制度的な変化に合わせて行われなければならないだろう。こうした点で改正作業をして4年ぶりに先月完了した仲裁法の改正は重大な意味を持つ。

今回の仲裁法改正は1999年の改正時に国際連合国際商取引法委員会(UNCITRAL)モデル法を維持することにした基本方向に従うものの、さらに仲裁親和的な方向に改善することを目標にした。最初に2006年に改正されたUNCITRALモデル法を受け入れて仲裁合意方式と仲裁判定のために提出する書類に関する形式的な要件を緩和し、臨時的な処分の活用範囲を増やしながらこれに関する詳細規定を新設した。2番目、それまで非常に厳重な判決手続きによって仲裁判定を執行していたという批判を受け入れ、迅速な執行を目標にする決定手続きに変更したという点も目につく。

仲裁は訴訟によらない「裁判外紛争解決手続(ADR)」の中でも最も歴史が長い。世界的にも裁判外紛争解決手続の改善ないし活用案が工夫されている。このような点を考慮して国際仲裁はもちろん国内仲裁に適合した制度を作るための配慮もおろそかにしなかった。

仲裁は裁判外紛争解決手続の基本手段として、また国際紛争解決の核心手段として変身を繰り返している。その変化と発展の方向に合わせて仲裁法を適切に改正する必要がある。

イ・ホウォン延世(ヨンセ)大学法学専門大学院教授

http://japanese.joins.com/article/580/216580.html


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dsada1: 世界はみんな@ばかばっか ★ 2016/06/05(日) 10:40:10.21 _USER
中国メディアの捜狐はこのほど、中国にとって「韓国は恐ろしい隣人である」とする記事を掲載した。中国はメンツを捨てて「小さな韓国」から学ぶべきだと提言している。

記事は、韓国人が「あなたはまるで韓国人のようだ」と言うとすれば、それは「間違いなく褒め言葉として言っている」と説明。
そしてこの「あなたはまるで韓国人のようだ」という「褒め言葉」は、韓国人が有している「強烈な主体者意識、国家に対する強烈な誇り」に基づくものだと指摘した。

「主体性」とは、自分の意志や判断により自ら責任を持って行動する特質のことだ。従って主体者意識があるかどうかは、その人が何を成し遂げてきたかによって計られると言える。では韓国はこれまで主体者意識を持って何を成し遂げてきただろうか。

この点について記事は、韓国はこれまで漢江の奇跡、ソウルオリンピックの成功、国土の小ささにもかかわらず世界有数の経済国になったこと、民主憲政体制の確立などの事例を紹介。これらは以前植民地支配を受けていた韓国が逆境をはねのけ、主体者意識を持って前進してきたことの証拠であるという見方を示した。

これらのことを成し遂げてきたという自覚が国家に対する強烈な誇りを生み出し、「あなたはまるで韓国人のようだ」という褒め言葉を韓国人が口にするに至らしめたのだという。
記事は「大中華、小韓国という概念を捨て韓国を師と仰ぎ学ぶことが、中国発展の近道である」と結論付けている。

逆境に面したとき、物事が順調にいかないことを周囲のせいにして、前進するのをやめたいと思ったことは誰もが経験のあることだろう。しかし記事は韓国はそうではなかったという見方を示し、韓国人の主体者意識の強さが中国人のそれを圧倒しているとして、「韓国は恐ろしい隣人である」と高く評価している。

最近、韓国のアイドルグループのメンバーが「韓国における抗日の英雄」を知らなかったことについて謝罪を余儀なくされるという出来事があった。こうした出来事の背景に「国家に対する強烈な誇り」が関係しているとすれば、こうした誇りは非常に扱いが難しいものと言えそうだ。

http://news.searchina.net/id/1611344?page=1


元スレ:・【話題】「あなたは韓国人のようだ」は褒め言葉 漢江の奇跡・ソウル五輪・世界有数の経済国、という自覚[06/05]

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aspx1: 蚯蚓φ ★ 2016/06/02(木) 23:34:27.41 _USER
ノ・ギョンドク・光州(クァンジュ)科学技術院教授・西洋史

先週、全世界の注目が原爆投下71年で初めての米大統領広島訪問に集まった。特に被爆犠牲者のためのオバマの黙祷、そして彼が流麗な文章で伝えた平和と反戦のメッセージに対する反響は大きかった。一見、これはその直前のベトナム訪問(そしてそれ以前のキューバ関係改善)と共に米国外交史の画期的変化を意味するようだ。しかし、この様な外見上の変化より事実、さらに目立ったのは、20世紀中盤から始まった米国の東アジア政策の一貫性および連続性だ。

日本はナチスドイツと共に第二次大戦の主戦犯国だ。その規模はナチの犯罪に達し得ないかもしれないが、日本の蛮行はある歴史家が15年戦争(1931~45)と命名した期間、すなわちさらに長く強行された。しかし、日本は終戦後、ドイツほど戦犯扱いされなかった。ドイツの場合、苛酷だった戦犯裁判過程と共に、巨大な領土喪失、1,300万に及ぶドイツ系住民の強制移住、そして何よりも国土分断が後に続いた。彼らは自身の戦争犯罪を認めて謝罪する過程も経たし、これは現在も進行中だ。

反面、日本の場合はクリル列島(千島列島)と露日戦争直後、彼らが獲得したサハリン南部をソ連に返還したのが領土損失の全てだった。自然に住民の再配置も、日本国民国家の再編もなかった。そして分断は日本列島ではなく、とんでもない(?)場所で起きた(記者注:朝鮮半島のこと)。終戦50周年になってはじめて本格的に始まった戦争責任謝罪もやはりドイツレベルには徹底的に行われなかった。

戦犯日本が受けたこのような軽い処罰は米国の戦後東アジア政策と深い関係がある。1945年8月の終戦直後、日本列島を占領した米軍は国務部の指示の下、当初、帝国日本の理念、政治制度、対内外経済体制などに対する全面的な改革を準備していた。米国務部は特に軍部、財閥、大地主など戦争を起こした核心勢力を徹底的に懲らしめて日本の経済力を弱体化させ、彼らが再び軍事的復活を夢見ないようにするつもりだった。

だが、ヨーロッパで冷戦が本格化した1947年、その政策基調は突然変わった。日本の経済を生き返らせて彼らをインドシナ半島を含む東アジア経済圏の核心部とする計画が優位を占めたのだ。この経済圏がソ連の膨張を防ぐ防波堤になると同時に、米国の商品市場および資本輸出の空間として活性化すべきという論理だった。(中略)

この様な米国の日本興し政策の中で、過去に対する骨身にしみた反省は日本政府ではなく、ひたすら一部の良心的知識人と民間団体だけの持分になった。かえって政府と右翼は戦犯国にはとうてい似合わない歩みをしばしば行った。彼らが任意(?)の歴史的根拠を突きつけて東北アジア各国と繰り広げる領土紛争はその著しい例だ。事実、戦犯には領有権主張のための歴史的根拠が最初から意味を持たない。徹底した戦犯審判の結果、国家の歴史的起源の地であるプロイセン地域を手放すことになったドイツを想起すればよい。

ベトナムから日本につながった今回のオバマの歩みは今はソ連に代わった中国勢の拡張を牽制すると同時に日本を軸にした東アジア経済圏を固める実利的計算を含んでいる。そして、これは冷戦開始後、米国政府が推進してきた東アジア政策の連続線上にある。その線上で米国は1947年のように2016年にも日本を戦犯扱いしなかった。むしろオバマの広島訪問は日本がわずかながら残っていた戦犯意識から抜け出す役には立ったようだ。

オバマが平和と反戦に真に意があるなら、今からでも日本を戦犯と確かに規定してその責任を厳重に問う態度が必要だった。
同時に彼は原爆犠牲者に加えた米国の前代未聞の暴力について謝罪するべきであった。戦犯国日本に対する国対国の政治的謝罪ではなく、彼の表現のように「罪のない人々」に対する人道主義次元の謝罪の話だ。

とにかく、オバマの今回の広島訪問は米国の国益に大きく寄与した。彼は謝罪ではなく哀悼を通じて米国の民間人爆撃に対する正当性を否定しないと同時に、世界史で唯一無二の原爆加害者という気まずい道徳的重荷を減らさせた。そして彼らの東アジア政策の実利まであげた。一方、日本政府はそのおかげで自分たちだけのための過去清算をできるようになったようだ。ただし、その姿勢では両国の国益以上のこと、すなわち平和と反戦の価値を見出すことはできない。

ソース:韓国日報(韓国語) [ノ・ギョンドクコラム]オバマと広島
https://www.hankookilbo.com/v/21b93393422d4a2da514e3f4a31e2de9


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dsada1: もろ禿HINE! ★ 2016/05/30(月) 18:25:20.79 _USER
【寄稿】安倍首相に広島の精神を問う
朝鮮日報

 ヨーロッパ大陸がヒトラーの軍隊に踏みにじられていたころ、ルーズベルト米大統領はアインシュタイン博士から手紙を受け取った。ナチスが前代未聞の原子爆弾を開発しており、必ずやヒトラーよりも先に原子爆弾を開発しなければならないという提言だった。真珠湾が攻撃され、東アジアが帝国主義の日本に踏みにじられている状況で、ルーズベルト大統領は原子爆弾の開発を承認し、「マンハッタン計画」が推進された。ほぼ同じ時期、ルーズベルト大統領は当時のどんな飛行機よりも速く、より高く飛べる人類初の戦略爆撃機の開発を命じた。原子爆弾には20億ドル、爆撃機B29には30億ドル、合計50億ドルを投じた国の命運をかけた一大決断だった。現在の価値に計算すれば数千億ドル(1000億ドル=約11兆円)の投資だった。

 1945年8月6日の朝、B29が広島の上空9500メートルの所に現れた。人類初の原爆は一瞬にして13万人の命を奪った。軍国日本に対する当然の懲らしめだと見ることもできるが、罪のない犠牲者も多かった。さらに、徴用や徴兵で連行された韓国人の大きな犠牲はあまりにも悲痛だ。原爆投下の決定をめぐっては歴史家の間でもさまざまな議論があった。最も妥当な理由は、原爆投下が日本の早期降伏を引き出し、その結果、何百万人もの犠牲者を減らすことができたというものだ。サイパン・硫黄島・沖縄などでの戦闘を経て、数十万人の米軍兵士が犠牲になり、日本本土攻略のためどれだけ多くの兵士が犠牲になるかも分からない状況だった。原爆投下がなければ、米国は日本本土攻撃に先立って済州島を攻略していただろう。沖縄のように玉砕で抵抗する日本軍兵士により、済州島民数万人が集団虐殺にあっていたはずだ。また、満州の関東軍を封鎖するため、韓半島(朝鮮半島)内の基幹施設や軍需工場の「じゅうたん爆撃」を断行し、何百万人もの韓国人が犠牲になっていたと思われる。

 原爆投下から71年を経て現職の米大統領として初めてオバマ大統領が広島を訪問した。米国内はもちろん、多くのアジア人が彼の訪問を懸念した。加害者としての軍国・日本の責任を覆い隠してしまうかも知れないという懸念だ。オバマ大統領は演説の冒頭で、訪問の目的は「10万人を超える日本の男性、女性、子ども、多数の朝鮮半島出身者、12人の米国人捕虜の死者を悼むため」と明らかにして、人類初の被爆地で「核のない世界」のためのメッセージを発信した。

 今も無念さは残るが、オバマ大統領がはっきりと韓国人犠牲者を哀悼した点は評価に値する。広島と長崎で多くの韓国人が犠牲になったことを世界が知った。それは、日本が原爆の被害者である前に、加害者でもあることを物語っている。オバマ大統領は日本の責任について骨のある指摘をした。「文明が世界にすばらしい都市や美術を生み出してきた一方で、支配・征服を欲する本能により戦争が起きた」ことを非難した。オバマ大統領はまた、「広島と長崎は核戦争の夜明けではなく、私たちの道義的な目覚めの始まり」として記憶されるよう求めた。

 しかし、道義的な目覚めが最も必要な側の責任についての言及はなかった。安倍首相はアジア人たちから、心からの信頼を得る機会を失った。
なぜ原爆が広島と長崎に落ちたのか、なぜアジアを戦争の惨禍に巻き込み、数千万人の罪のない命が犠牲にならなければならなかったのか、何のざんげの言葉もなかった。果たして広島の精神とは何なのだろうか。

尹徳敏(ユン・ドクミン)韓国国立外交院院長
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/05/30/2016053001375.html

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bandicam 2014-11-01 16-46-05-2701: もろ禿HINE! ★ 2016/05/28(土) 11:17:49.81 _USER
旭日旗を掲げて入港し訓練ボイコット、海上自衛隊に批判強まる
朝鮮日報

南海(東シナ海)で行われている多国籍海上合同訓練に参加している海上自衛隊が、韓国海軍の大型輸送艦「独島」(排水量1万4500トン級)=写真=が加わる訓練には参加できないという立場を韓国側に通知したことが27日までに分かった。これは、日本が独島を竹島と呼び、領有権を主張している状況で、「独島」という名前の韓国の軍艦を訓練のパートナーとして認めたくないという意味だ。

海上自衛隊は今回の訓練で、韓国ではかつての軍国主義の象徴とされる旭日旗(自衛艦旗)を掲げて鎮海海軍基地に入港したのに続いて「独島」との訓練もボイコットし、非難の声が高まりつつある。


韓国・米国・日本・オーストラリア・シンガポール・マレーシアの6カ国は、今月25日から鎮海・済州島付近の海域で「第7回西太平洋潜水艦救難訓練(パシフィック・リーチ2016)」を行っている。海上訓練は29日から、前半部と後半部に分けて実施される。海上自衛隊は、訓練日程の通知を受けた直後、「独島」が訓練指揮艦として投入される前半部には参加しないと韓国海軍に通知したという。

これにより前半部の訓練には、日本を除く残り5カ国とオブザーバー12カ国が加わる。後半部には韓米日のみが参加するが、この時は「独島」ではなく救助艦「清海鎮」(4300トン級)が指揮艦を務める予定だ。韓国海軍の関係者は「日本は、前半部の訓練をボイコットする理由を明らかにしなかった」と述べつつも「自衛隊はこれまで一度も、『独島』に乗船したことがない」と語った。

これについて、27日付の朝日新聞は「海自は独島への乗艦に消極的だった。(中略)これには韓国側が譲歩し、別の艦船に変更されたという」と報じたが、韓国海軍は「訓練は当初から前半部と後半部に分かれており、日本側が独島に乗船する計画はなかった」と説明した。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/05/28/2016052800465.html

元スレ:・【朝鮮日報】旭日旗を掲げて入港し訓練ボイコット、海上自衛隊に批判強まる[5/28]

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bandicam 2014-09-02 11-31-41-136: 蚯蚓φ ★ 2016/05/24(火) 23:39:10.32 _USER
1945年8月、原子爆弾を落として日本の降参を得たダグラス・マッカーサー日本占領軍最高司令官の頭の中は複雑だった。1928年、即位後各種戦争犯罪を犯したヒロヒト日王に対する処罰の程度をどこに置くかに関する悩みだった。戦犯処罰の刀の柄を握っているが、大統領選出馬という野望を抱いたマッカーサーは万一、ヒロヒトを他の戦犯と同じように審判台に立たせた場合、向き合うことになる日本人たちの反発が恐ろしかった。

日王を「生きている人間としての神」として日本人たちは万一、ヒロヒトが刑場で消える場面を目撃すれば、憤然としてついに占領軍に負担になる世論が形成されるだろうという計算だった。結局、戦後処理に没頭しているワシントンの大物らから多くの点数を得なければならなかったマッカーサーは日本人の民心を得て同時に東アジア勢力確保の踏み石として日本を利用できる効率的な‘カード’、すなわちヒロヒトを生かす道を選んだ。

資料で確認できないが、恐らくこのようなマッカーサーと日本王室のシナリオにより1945年9月27日、ヒロヒト日王は宮を抜け出しマッカーサー司令官に会うために米国大使官邸に向かったのだろう。神に次ぐ存在と見なされた日王が助命のために直接、人間の‘将軍’を訪れたこの事件は日本人たちの屈辱になったのはもちろんだ。

史家らはこの日、礼服を整えた日王が不動の姿勢を取る一方、マッカーサーは両手を腰に置いた気楽な姿勢で撮影した当時のヒロヒトとマッカーサー会合の記念写真を現代米日同盟を証明する最初の象徴と評価する。王室を害さず日本国民の信義を得たマッカーサー、命を維持して実利を得たヒロヒト、両側の欲望が適当な価格で取り引きされた瞬間だ。

互いに数十万を殺した米国と日本の首長らが終戦宣言文を発表し一カ月過ぎるやいなや、それこそ宣言文のインクが乾く前に敵から友人に席替えを試みたこの日のイベント以後、米日両国の関係は急速に近づいた。米国は事実上、戦犯に対する免罪符を意味するサンフランシスコ講和条約を通じて従来6年余り後の1951年、日本を永遠の米国の同盟に上げた。

原爆投下からヒロヒト日王のマッカーサー訪問、サンフランシスコ条約に至るまで最優先で実利を追求した両国の現代史シナリオから、偶然にも日帝から最も大きな被害をこうむった韓半島の配役は徹底的に排除された。

韓米関係の特殊性を信奉する人々は認めたくない歴史の一章だが、北朝鮮という共通の敵を置いて韓米日3国が対等に手を握っているという私たちの信頼はその後、しばしばこわれた。

ついに駐日米軍の費用を大きく減らせるという計算の末、米国は昨年、日本の安保法案通過を陰に陽に支持する‘逆コース’の場では、米日関係の次の順位に後れを取った韓米関係の現実を骨に凍みるほど感じられた。韓国が割り込む一寸のスキも許さない米日関係は27日に予定されたバラク・オバマ米大統領の広島平和記念公園訪問で極端に輝くようだ。

米国はもちろん私たちの政府も現職米国大統領として初めてなされるオバマの原爆投下地点訪問について‘平和な世界のための希望’以上の意味付けをしない姿勢だ。しかし、南シナ海などで中国と競争が激しくなる中で集団自衛権の武器を握った日本がいつの時よりも必要な米国がオバマの広島訪問を戦犯国のくびきを軽くする機会を日本に提供していることは火を見るより明らかだ。

しかも、安倍晋三総理の真珠湾訪問計画も11月中に実現される可能性が大きくなっている。世界大戦に終止符を打って東京でお互いの望むところを巧妙に分け合ったヒロヒトとマッカーサーの米国と日本は71年が過ぎた5月、広島で安倍とオバマの顔に戻るようだ。

戦犯国イメージを拭って東アジア勢力を手なずけ、実利を得ようとする二つの強国の広島イベントには1945年と同じように韓国のための椅子は置かれていないようだ。


ヤン・ホンジュ国際部次長
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5e7461441: 蚯蚓φ ★2016/05/20(金) 12:21:08.02 _USER
韓経:日帝時代に命脈途切れた…朝鮮伝統酒600種を復元
中央日報 2016年5月20日


韓国内の伝統酒は朝鮮時代だけで数百種類に及ぶほど繁盛していた。しかし日帝治下に入って酒が課税対象になり、「文化抹殺政策」によって朝鮮総督府が醸造場を統廃合しながら伝統主義の命脈が急激に途切れた。


忘れられていく伝統酒文化を生き返らせるための行事が19日、ソウル南山谷(ナムサンゴル)の韓屋村(ハノクマウル)で開かれた。韓国伝統食研究所が農林畜産食品部と手を組んで開いた「第9回伝統酒と伝統料理の出会い祭り」だ。伝統酒の種類が最も多様だった朝鮮時代の居酒屋を再現し、伝統酒ソムリエである奏香師選抜大会も行った。

◆朝鮮末に全盛期迎えた伝統酒

日本の「古事記」が醸造法を日本に伝えた百済人の仁番の記録を書いているほど国内伝統主義の歴史は深い。穀物を麹で発酵させた穀酒やコメだけで醸した清酒を主に飲んでいた先祖が、モンゴルから蒸留法が伝えられた高麗時代から焼酎も楽しんでいたと伝えられている。

朝鮮時代は伝統酒が最も多様だった時期だ。家ごとに酒を直接醸造して飲む「家醸酒」文化が発達したおかげだ。地方や一族の銘酒もこの時に登場した。ソウルの春酒(チュンジュ)、平壌(ピョンヤン)の碧香酒(ピョクヤンジュ)、全羅北道金堤(チョンラブクド・キムジェ)の清明酒(チョンミョンジュ)、忠清南道(チュンチョンナム道)の素麹酒(ソゴクジュ)が特に有名だった。朝鮮時代後期には伝統酒の種類だけで600種余りに達した。

華やかだった国内の伝統酒文化は日帝時代に命脈が断絶した。1907年に朝鮮総督府が酒税令を出して国内の歴史上初めで酒が課税対象になった。酒の製造が免許制に変わり家庭で酒を醸造する行為も禁止された。家や地域ごとにあった代表的な醸造場を大挙統廃合したのもこの時だ。薬酒、どぶろく、焼酎のほかには製造できないようにした。


朝鮮末に6つの家で1つの酒を醸造していた家醸酒文化が1930年に至っては完全に消えた。光復(解放)と6・25韓国戦争(朝鮮戦争)を体験した後、伝統主義の位置づけはさらに狭まった。1965年には政府が糧穀保護措置としてコメで酒を醸造することを全面禁止した。代わりに小麦粉マッコリや希釈式の焼酎が普及した。

◆伝統酒文化復活の動き

政府は1994年と2000年それぞれ薬酒とどぶろく供給区域を制限した制度を廃止した。例えば抱川(ポチョン)で製造した「抱川マッコリ」をその地域だけで流通するようにした制度をなくしたことだ。過当競争を防ぐために作った制度だったが、国内の伝統酒市場が縮小しながら実効性がなくなった。

今年初めに政府は16年ぶりに再び伝統酒文化活性化のため関連法令を緩和した。ビールに限定していた小規模酒類製造免許の対象にどぶろく・洋酒・清酒を追加した。これまでは醸造場のつけ込み・保存容器がどぶろく・薬酒は5キロリットル以上、清酒は12.2キロリットル以上の場合にだけ伝統酒を製造できた。今は1キロリットル以上5キロリットル未満の保存容器を保有すれば小規模酒類製造免許を受けることができる。小規模酒類製造免許を取得すれば飲食店で売ったり、ビンに入れて外部販売したりできる。

この日、韓屋村では国税庁職員の酒類免許取得に関するコンサルティングや創業説明会などが開かれた。ユン・スクチャ韓国伝統食研究所長は「今回の行事をきっかけに伝統酒文化が再び活性化することを期待する」と話した。

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