1:ななしさん 2020/11/20(金) 20:43:20.65
当時すでに百済系と新羅系が渡って定着しており、百済系は平氏を成し新羅系は源氏を成していた。この二つの一族が戦って源氏一族の「源頼朝」は平氏の平清盛との戦いで勝利し、1192年、朝廷から征夷大将軍に任命され、鎌倉(現在の神奈川県)に幕府を置いて日本最初の武士政権を樹立した。

鎌倉幕府はその後、約140年間持続し、この期間を鎌倉時代という。鎌倉幕府の成立は従来の貴族政権に対して武士が独自政権を持ったことを意味するが、これは武士政権の最高位である将軍とその部下である御家人が土地を媒介して結んだ主従関係をその基礎にしている。この時から日本では室町幕府と江戸幕府を経て明治維新が起きるまで、700年間余り、武士による武人政治が持続する。

「源頼朝」が死ぬとすぐに彼の妻・マサコの実家勢力・北条氏が実権を掌握して摂政になる。13世紀後半に2回にわたる麗蒙連合軍の日本遠征(1274、1281)は、日本の政治、経済、社会の全般にわたって多大な影響を与えた。麗蒙連合軍は、日本列島の日本人の多くを虐殺した。この防御過程で参加した武士への支払いが少なかったため、幕府と武士の間の信頼関係が著しく損なわれた。武士の不満が蓄積して幕府の勢力に従わなくなり、幕府の勢力は格段に弱体化した。 (中略:明治維新までの武士の日本史)

封建的幕府時代に終止符を打ち、近代的システムを導入してわずか数十年で強大国を圧することができたのは日本の膨張欲求による。日本の戦争の歴史は清日戦争から太平洋戦争まで一貫した流れで進められた。それは領土拡張の歴史であり侵略の歴史であった。

一方ではロシア勢力南下を阻止しようとしていた英国、朝鮮の支配権とフィリピン支配を互いに対等交換した米国の共謀も日本が露日戦争で勝利する要因の一つであった。

日本は北海道と沖縄を自国領土に編入した後、台湾と朝鮮を占領して植民地にしながら帝国の力を育てた。中でも朝鮮という植民地は日帝が力を備蓄して東アジアで跳躍する重要な踏み台になった。

日本近現代史は数多くのアジア人民に苦痛と死を与えた流血と略奪の歴史でもあった。

ソ・ジョンヒョン論説委員 

ソース:ソウル日報(韓国語)
http://www.seoulilbo.com/news/articleView.html?idxno=444986




2:ななしさん
妄想

4:ななしさん
妄想乙

5:ななしさん
妄想が過ぎるだろ

13:ななしさん
妄想すげーな

19:ななしさん
もう少しお薬を増やすべきだな

24:ななしさん
忌み嫌っている国のルーツを主張したがる精神がまったく理解出来ん
ほんと気持ち悪い

33:ななしさん
>>1
なんだこの妄想ポエム

44:ななしさん
根拠は妄想

61:ななしさん
何の根拠も示さずに唐突に妄想を語りだすな

62:ななしさん
まーたホルホルこいてんのか
700年前の妄想話で